パンフィロブ公園を抜けて、ドスティック通りを上がっていったら、久しぶりに友人の建築家と出くわした。

 

私より7歳くらい年上で、彼とはもうかれこれ3年来の友人なのだが、1年近く会っていない。

 「今アルマティにおける古い建物をについて調べているんだ」と話し、エイゼンシュタインのことなどを話すと、知っているらしい。

 あそこに住んでいたんだと、近くを指差した。

 

今度会って、色々話をしないかと行って別れ、次の日、早速連絡した。もちろんビール持参で(笑

 話してみるとかなり詳しく知っていた。年代や設計した建築家の名前、その当時の情勢等など。

 

以外だったのは、全体的に比較的新しいということ。

1960年代くらいかと思いきや、ほとんどが1970年代以降からでした。

世界の建築情勢はポストモダンに移行する時代ですね。

 

設計者の中には、まだ現役の方もいらっしゃるとのことで、今度会わせてくれるとのこと。

これは楽しみです。

ただ、日本の建築雑誌(例えば新建築など)に掲載するようにすれば、もっとインタビューしやすいだろうと。

それは難しいな。。。

日本でも最近、磯崎さんやシーラカンスが中央アジアで設計してますが、

デザインの基本ベースは、やはりイスラム等の表層スタイルで、ロシアスタイルではありませんので、注目度はかなり低いかと。。。

 

しかし彼いわく、アルマティの建築を体系的に記したのは無いと。

それを日本の建築家が注目して行えば、かなり凄いのではないか。

それをまとめて、俺にくれと言ってました(笑

 

設計者のバックボーンまでは分からないけど、年代や設計者とそのつながり関係が分かってきましたので、

そろそろ少しずつ本格的に書いていきたいと思います。

 

今日の写真は、ロシア構成主義を代表する建築家、ギンスブルグの、「アルマ・アタ行政庁舎」(1927-31年)

アルマ・アタは独立以前の呼び名です。

 

「ロシア・アヴァンギャルド建築」や建築文化の「ロシア・アヴァンギャルドの建築」を呼んでいると、

ふと、アルマ・アタの文字が目に飛び込んできて、よく見たらアルマティでの建築物でした。

 

会社の現地の人と話しをして、おそらくこれじゃないかと街を歩きながら見つけました。

 

これはネット上での1960年代の写真

 

 

こちらが、街中を探索して撮った写真
 
 
 
現在、改装しており、雑誌に掲載されている写真と違ったため、分かりませんでした。

建物の中にも入らず、ぐるっと外を回って横から撮影。

後でその友人の建築家に聞いたところ、ギンスブルグの作品だと判明しました。

 

ロシア構成主義の建築に多く見られる、シリンダーを伸ばしたような形態が特徴です。

ちなみにこの向かいの建物は、カズポスト(カザフの郵便局)で、比較的新しい建物ですが、似たようなデザインを取っていました。

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