ランチタイムの際、近くを歩いていると、このような建築郡に遭遇します。
1990年代初頭の建設のようですが、詳しいことは分かりません。
四角いボリュームに、四角いバルコニーのボリュームが張り付いています。
この建物から天山山脈が見渡せ、おそらく高級住宅扱いだったと思います。
現在も家賃は相当高いと思います。
この建物を見ていると、コールハウスのシンガポールのプロジェクトを思い出しました。
(画像はネットより)
コアに機能のボリュームが張り付いていますね。1970年代の日本のメタボリズム建築を想起させます。
近年のコールハウスは、メタボリズムに関心を抱いており、ロシア構成主義からメタボリズム的手法への移行(特にアジア圏)に、私は関心を抱いております。
と言うのも私もここ中央アジアにおける建築の、ロシア構成主義的手法からメタボリズム的手法への移行を分析しているからです。
3ヶ月ほど前、ロシア語の建築の本を買いました。これまたかなり興味深い本なのですが、スタッフによると学生の教科書のような物だそうです
(ロシア語のためタイトル分からず)
この本の中に、このコールハウスのプロジェクトを大きく想起させるものがありました。
Vladimir Krinsky と言うロシア構成主義の建築家の授業の造形物ですが、ボリューム構成などそっくりです。
彼はロシア構成主義建築の理論家ラドフスキー率いたASANOVAに所属していたわけですが、あまり詳しいことは分かりません。
ASNOVAについては(こちらは英語サイト)
http://en.wikipedia.org/wiki/ASNOVA
このASNOVAは合理主義を追求しており、あのリシツキーやメーリニコフ、そして日本人の村山知義という方も名を連ねていたようです(ロシアアヴァンギャルド建築より)
このクリンスキーもフォルムを追及した教育活動を行っていたようです。
彼の代表作のプロジェクトに、「ソビエト国家経済局計画」があります。
これを見ると、コールハウスのハイパービルディングプロジェクトを思い出します。
(上部のデザインは、共にロシア構成主義であったヴェスニン兄弟の重工業省コンペ案や、ゲオルキー・コチャールのあるプロジェクトの影響が強いように思われます)
元々彼は、ラ・ビレット公園のコンペの提案において、レオニドフの重工業省コンペ案における足元の庭園の案からインスパイアされていますから、
あながち間違いでないでしょう。
実は私が持っているこの本のなかに、コールハウスのCCTVの2棟の造詣を強く想起させるものがあります。
どうやらコールハウスは、ロシア構成主義の中でも、このクリンスキーを特に参照しているのではないかと推測しています。
少し話がずれましたが、構成主義者が実験的に行ってきたことが、ここカザフを含む中央アジアで、
1960年代から70年代以降、現実に作られたのではないかと考えています。
なぜそのようなことが起こったのかわかりませんが、以前も書きましたがスターリンの粛清を逃れてここアルマティや、
ウズベキスタンに流れてきたものは多いようです。
あの世界を代表する映画監督、エイゼンシュタインもここアルマティで一時期働いたようですし、
トロツキーもメキシコに逃亡する前にアルマティに身を寄せています。
もちろん建築家も例外ではないようで、その者たちから教育を受けた者が、60年代70年代以降、
このような建築を作ってきたのではないかと推測しています。
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