現在帰国しておりまして、沖縄に滞在しています。

カザフスタンにいる時はログインできず、ずっと更新できませんでした。

東京に滞在中は知人のジャーナリストに誘われて、

建築夜学校2012 21世紀の首都 と題したシンポジウムに行ってきました。

http://www.kenchiku.co.jp/bunka2012/night/index.html

 

1週間ほど滞在して、沖縄に戻ってきましたが、やはり暑いですね。完全に夏です。。

先日、琉球村に行ってきました。

http://www.ryukyumura.co.jp/official/highlight/kominka/

いつものように沖縄の昔の民家を見ようと行ってきたのですが、テーマパークですので

意外と楽しめました。

高倉をイメージしたデザインですが(1982年)、設計者が誰なのか分かりませんでした。

 

 

以前にも沖縄の民家をブログにて少し紹介しましたが、

「琉球の石文化」

https://axelshockie.wordpress.com/2010/05/31/%E7%90%89%E7%90%83%E3%81%AE%E7%9F%B3%E6%96%87%E5%8C%96/

 

 

「赤瓦の建築」

https://axelshockie.wordpress.com/2010/04/28/%E8%B5%A4%E7%93%A6%E3%81%AE%E5%BB%BA%E7%AF%89/

 

 

今回も新しい発見がありました。

 

赤瓦を積み上げた塀というのはあまり見た事がないのですが(ヒンプンなら見た事がある)、これがなかなか面白いなと。

 

 

旧仲宗根家

約200年前の民家のようです。

横長で2重の瓦屋根が特徴ですね。

 

 

そこを曲がって上がっていくと、

琉球石灰岩の石積みですが、全部大きさがまちまちですね。

 

旧島袋家

築約120年のようです。

 

この屋根に少し突き出た物は煙抜き(イーチミー)といって、台所側の上にあります。

 

 

この民家では琉球民謡と舞踊をお姉さんたちが教えていたのですが、

 

右側の三味線を弾いている方から色々教えていただきました。

その中で一番興味深かったのが、隣にある旧西石垣家のことでした。

それは一般住宅ではなく、集会所で、大きさに合わせて間仕切りを変えていたそうです。

 

一般民家にしては平面形式が正方形に近く、なにか変だなとは思っていたのですが、

説明を受けて納得しました。屋根裏も全部板張りになっています。

棟木に名前が書かれた物が使われていますが、理由は教えて頂いたのですが忘れました。。。

 

構造もちょっと変わっておりまして、入れ子のようになっています。

 

個人的に言うと、物凄いモダンな感じというか非常に抽象的な印象を受けました。

時間があればもっと調べてみたいと思います。

もしかしたら、沖縄の建築史上重要な建築なのかもしれません。

 

すぐ近くに旧比嘉家がありまして、

 

外から見ると一見なんてことはないのですが、

中が少し違っておりまして、

 

床の間のつくりが一般的な物と異なっています。

旧地主の家のようで、話を聞くところによると、その当時の王様も訪れていたようで、

床の間のある部分に(実際にその場で説明を受けていないので分かりません。。。)石が置かれていたようです。

 

旧大城家

築約200年のようです。

 

いつもこの2重屋根と屋根が重なる部分の収まりが気になるのですが。

 

沖縄といえば赤瓦と想起する方も多いと思いますが、沖縄の北部は赤瓦よりもセメント瓦の方が圧倒的に多いです。

 

八重山にはセメント瓦はなかったでしょうし、その当時80年ほど前に存在していたのかはちょっと分かりませんが、

先ほどの旧西石垣家の屋根が赤瓦でなくセメント瓦であったならば、もっと抽象度が高かったでしょう。

 

さて今回は特に旧西石垣家が印象深かったのですが、

先の三味線を教えているお姉さんと話をしていて、

沖縄音階とウイグルの音階が全く一緒だと教えました。

かなりビックリされていましたが、今後研究が更になされていくと思います。

ちなみにカザフスタンの話には2人ともかなり興味津々のようでした(笑

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