先日、約10年ぶりに首里城を訪れました。

あいにく天気が悪く、綺麗な写真を撮れなかったのが残念です。

訪れる際、一番最初に目に入るのが有名な守礼の門ですね。

 

この門をくぐって、坂道を登っていきますと、首里城が見えてきます。

 

 

本殿を正面にして、右側の建物は、日本からの使節のために板張りにし、左側は中国からの使者のために朱色に染めているそうです。

 

さて広場の真ん中を突き通る道が本殿に対して真っ直ぐではなく少し角度がついています。

これが何故なのか分からないのですが、先日放送された「NHKが映した沖縄」と言う番組で

http://www.nhk.or.jp/okinawa/fk40/nhk_okinawa.html

「琉球王国 栄華の夢」もしくは「炎を見ろ 赤き城の伝説」のどちらかで説明されていたようです。

こちら録画していますので後で見てみます。

本殿の裏側に、使者のための応接間に面したところは、庭園となっていますが、琉球石灰岩で構成された物になっています。

これがなんとも見事なのですが、写真の左側もそのようになっています。

 

周辺のうねる曲線の城壁がなんともいいですね。

 

実際は首里城は第2次世界大戦で焼け落ち、現在の姿は1992年に再建された物です。

よって本殿などは世界遺産ではなく、その周辺にある御嶽などが世界遺産です。

 

首里城から歩いて30分以内に玉陵があります。

 

こちらを訪れるのは2回目なんですが、いずれも天気が悪いです。。。

第2尚氏王統の陵墓で1501年に作られており、沖縄最大の墓で世界遺産の1つです。

 

 

 

この真ん中に位置するシリンダーの形をした物に興味があったのですが、何故このような形態が出てきたのでしょう。

これはシルヒラシと呼ばれ、洗骨前の遺骸を安置する部屋だそうです。

ここだけ何故ぜんぜん違う形態なのでしょうか。とても興味深いです。

 

ここを見学した後、タクシーに乗って高速バス乗り場まで行く途中偶然ドーモ・チャンプルー(1985 象設計集団)を発見しました。

あわてて運転手に止まって下さいと言って、写真を撮りました。

 

個人住宅なので、勿論近くから写真は撮れないのですが、何枚か。

 

 

 

 

内部はどうなっているんでしょうね。非常に見てみたいです。

 

高速バスに乗り、高速道路に入る少し前にいつも見かける集合住宅です(写真はバスから)。

 

花ブロックを使用した集合住宅で、設計は沖縄の義空間設計工房によるもので、ここ5年以内くらいだったと思います。

事務所のホームページに掲載されています。

その隣に2期工事の建物が出来ていまして(おそらく去年完成、建物名が違うのでオーナーも違うかもしれません)、

 

 

最初の建物と比べると、花ブロックの壁を上下交互に配してます。

非常にシンプルでありながら、花ブロックにより深みがあり、多様性が生まれています。

ディテールもシンプルで、花ブロックとコンクリートのソリッド性をうまく表現しています。

 

この後、高速バスで1時間半かけて名護に戻ってきました。

名護市庁舎にちょっと立ち寄り、

 

国道58号線をはさんで向かいにある名護市民会館(1985 二基建築設計)を見てきました。

沖縄のコンクリート打ちっ放しの代表的な建築です。

(写真は3年前のもの。今回正面を撮り忘れました)

現在全面のコンクリートの水平ルーバーは白く塗装されており、以前よりシャープな印象を受けました。

 

 

 

この隣が名護市民公園でして、マスタープランは象設計集団です。

琉球石灰岩を用いた緩やかなカーブを描いた壁が段々状に構成されており、

非常に伸びやかな雰囲気の公園です。その向こう側は名護湾です。

 

今回、街を歩きながら、もっと70年代以前に出来たであろう建物の花ブロックやコンクリート住宅の写真を撮りたかったのですが、

天気が悪かったり都合がつかなかったりで撮れませんでした。

しかし、いつも歩きながらコンクリート住宅郡を見ていると、思わずオッとするようなものがあります。

10年程前に流行った上下水平に連続する庇のような物が付いた住宅を発見したり(おそらく70年代)、非常に面白いです。

本当に沖縄のコンクリート住宅郡は多様で深いです。

今回はあまり建物を見にいけませんでしたが、次回は時間を見つけて住宅郡の写真を撮りたいと思います。

 

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