今回はビシュケクのモニュメント、メモリアル、記念碑を紹介したいと思います。

これでビシュケクの建築の紹介は最後になると思います。

Pobeda (Victry) Square

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ビクトリー広場にありまして、第2次世界大戦の勝利を祝って建立されたようです。

以前にも書いたようにユルタを模したようです。結婚式の際多くの新郎新婦が訪れます。

こちらのポストカードに載るほど非常に有名な場所でもあります。

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ホワイトハウスの前に建立された石碑

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2010年キルギス騒乱 http://ja.wikipedia.org/wiki/2010%E5%B9%B4%E3%82%AD%E3%83%AB%E3%82%AE%E3%82%B9%E9%A8%92%E4%B9%B1

の際に亡くなった犠牲者を奉った石碑です。ホワイトハウスのすぐ横にあります。

キルギス語で書かれていると思いますが、2010年と刻まれているのが分かります。

私はこの騒乱が終わった直後にビシュケクを訪れました。その当時はまだ暴動の後が残されていました。

弾丸が通過した跡が残った門扉や焼け跡など、残されたままでした。

昨年この石碑に変わり新しいモニュメントが建立されました。

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白が正義、黒が邪悪という意味でしょう。

すぐこの裏にモニュメントがあります。

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Пам’ятник Дружби народівと言われているようです。

何か友好的なものを表しているようですが、よく分かりません。

 

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こちらはアフガニスタン戦争後に建立された記念碑で、公園内にあります。

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Ata-Beyit  memorial

Chong-Tashというセンターから山に向かってかなり離れた場所にあるメモリアルです。

1937年の11月、138人の人々がスターリンによって処刑された場所です。

かなりの年月の間ずっと秘密にされていたようですが、ソ連崩壊後、明るみになったようです。

ある老女が明るみにしたようですが、彼女の祖父がその惨劇の目撃者で亡くなる前に彼女に伝えたようです。

それを彼女が崩壊後伝えられたことを話し始めたのがきっかけのようです(Guide bookより)

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円形状に見えるのが被害者を奉った物で、キルギスを代表する人物もここに奉られているようです。

先の暴動で亡くなった方もここに奉られているようです」。

向こうに見える建物は記念館で、キルギスを代表する人物に関して色々展示されています。

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円形状の下のレリーフには、処刑された人々の様子が描かれています。

そこをくぐり階段であがって、さらに200mほど行きますと、その場所があります。

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http://www.panoramio.com/photo/31800728?source=wapi&referrer

リンク先にその処刑された場所の建物(後から作られた囲う物)の写真があります。

山の中腹ですので、非常に穏やかな場所です。

この穏やかさこそが、惨劇をさらに浮かび上がらせるのでしょう。

沖縄にいるときと同じような印象を個人的に受けました。

 

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こちらは私が最も驚いたモニュメントです。

以前にも書いたように、キルギスを代表する詩人や作家、芸術家、作曲家などの名前が記されているようです。

知人曰くおそらく独立後か、その前後だろうとのことでした。

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こちらの設計者たち(20代半ば)と話をしていて、キルギスを代表する設計機関があることを教えてもらいました。

今回の滞在は時間がないですが、今度来たときにそこに連れて行って紹介してくれるそうです。

おそらくカザフスタンでいうカズゴルみたいなものでしょう。

そこでこのモニュメントのことも分かるでしょうとのことでした。

そしてそこに「Architecture of the Soviet Kyrgyzstan」(正式名称はちょっと違う)も置いてあるそうです。

それはなんとしても見てみたいです。

 

さてこの1年以上、ほとんどがビシュケクの建築についての記事でした。

おそらくここまでビシュケクの建築を紹介したブログは世界的に見てないでしょう。

代表的なものばかりでなく、ほとんど知られていない建物についても紹介できたと思います。

次回からはようやくカザフスタンの建築に戻りたいと思います。

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