所用にて那覇を訪れていました。 いくつか那覇の建築を見学に行ってきました。

つい先日、沖縄の新聞にて、旭橋の再開発にて11階ビルを建設予定という記事が出ていました。

http://article.okinawatimes.co.jp/article/2013-10-01_54749

2015年着工を予定とありまして、もしかすると現在のターミナルは解体されるのかと思い見てきました。 設計は国建で1978年竣工です。

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設計を担当したのは国建の現名誉会長の國場幸房氏だと思うのですが、どうなんでしょうか?

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ひょっこりと突き出しているのがとてもいいですね。

 

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國場幸房氏の代表作ホテルムーンビーチの竣工が1975年ですので、その後になります。

こちらの方が大高正人氏の影響がより強く出ているのではないかと思います。

「仲島の大石」というのがありまして、県指定天然記念物でありまして、

1650 年の『唐栄地理記』にも記載され、「龍珠」(龍がつかんだ玉)として久米村の風水上の要地とみなされていたようです。

明治時代まではこの辺りは海だったようです。

当時の設計の際、この「仲島の大石」の処理に非常に苦労したようですで、ブリッジを架けることによって解決し、参拝者からも好評だったようです。

再開発の際も同じように、かなり大変な気がします。

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那覇空港からこちらまで来て名護行きのバスに乗ったり、名護から高速バスでこちらまで来たりと、

かなりこのターミナルを使用していましたので、なくなると寂しいですね。

現在の那覇は高層ビルが増え、都市的に開いた空間が少なくなってきてます。

国際通り前もパレット久茂地などの再開発によって空間が開け、玄関口としての認識が強くなったように、

新しい那覇ターミナルも、ターミナルの玄関口としての空間を保って欲しいですね。

 

その後、那覇市民会館を訪れてきました。

設計は金城俊光・金城信吉、1970年完成で、沖縄を代表する現代建築です。

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実は、久茂地小跡地に新たに市民会館を作る計画がありまして、老朽化の問題もあり、この市民会館を保存するのか解体か色々議論となっているのです。

2013年の2月、 Docomomo Japanから保存の要望書が那覇市に提出されました。

http://kentikuweblog.ti-da.net/e4396632.html

「那覇市民会館を考える会」というのも発足しています。

http://article.okinawatimes.co.jp/article/2013-07-30_52273

実はこういった経緯もあって、急いで見学に行ったのですが、写真で見るよりも実際大きな印象を受けました。

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民家を思わせる大屋根、それによって構成させる雨端、琉球石灰岩の石垣、玄関や1階ホールホワイエのヒンプンなど、

沖縄の建築の伝統を現代に再構築しようとしたものでして、沖縄の風土を表現した現代建築の原点とも言われています。

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この2階部分の開口部が特徴的ですね。隅部分が丸みを帯びているので、屋根において柔らかい印象を与えています。

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コンクリートにレンガタイルを打ち込んでいます。

 

入り口が閉まっていたため、横に事務室があるのですが、そこに行きまして許可を頂いて見学させていただきました。

事務員の方も同行して見学させて頂きました。

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内部においてもヒンプンが表現されています。

 

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2階部分のホワイエです。天井から吊り下がった照明がその当時を偲ばせますね。

 

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2階のバルコニー部分。コンクリートのルーバーによって形成される光と影のコントラストが美しいですね。

現在、保存か解体かで議論がなされていますが、日本の素晴らしい近代建築がどんどん解体されている中、

市民からも残してほしいという声も上がっているようですし、沖縄の伝統を表現した建築として是非とも残してほしいものです。

 

この後識名園に立ち寄りました。

訪れるのは3回目です、いづれも雨が降っていましたが今回は晴天でよかったです。

やはり沖縄の石文化はいいですね。

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今回初めて建物の中に上がったのですが、坪庭のようなものが2つあるのに気づきました。

これは坪庭を目的として作られたものなのか、それとも廊下をまわすことによって出来た副産物のようなものなのか分からないですが、

おそらく沖縄の民家に坪庭は存在しません。

もちろん識名園は琉球王家の別荘であり、中国からの使者をもてなすものでありましたから民家とは全く違いますが、

首里城にもこのようなものは見られませんでした。

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最後に沖縄公文書館を訪れました。

設計は国建で1995年完成です。BCS賞を受賞しています。

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以前ブログでも紹介しました読谷文化センターなどへ連なる屋根を表現したものです。

 

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この菱型の琉球紋様を模した花ブロックのようなスクリーンの裏側は保管庫で壁になっています。

プレキャストで作っているの思うのですが、かなり細かいですね。

 

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随所に菱型の紋様を模したディテールが出てきます。

この手法を引き継いで設計されたのが美ら海水族館だと思います。

 

中の展示を見てきたのですが、ある写真に目が止まりました。

公園の後ろにあるとある3階建ての建物に目が止まったのですが、公文書の職員の方に聞きまして公園の場所が分かりました。

職員の方が調べてくれたのですが、残念ながらその建物は現在残っていません。

これはもしやと思っていたのでしたが自宅に帰って調べた所、

その建物はやはり沖縄を代表する建築家、故仲座久雄氏の事務所ビル(1956)でした。

以前にもブログで紹介したように、花ブロックを考案した方であり、その事務所ビルは花ブロックを全面に使用したものでした。

その写真はオフィシャルなものなので公文書から許可を取らなくては掲載できないのですが、

今回時間が無く断念しました。

お忙しい中私の質問のために時間を割いてくれた職員の方に熱く御礼を申し上げます。

この仲座氏の事務所ビル、いわゆるモダニズム様式と言えるものだと思うのですが、

この当時日本で風土を考慮した地場産の材料(この場合だと花ブロック)を使用したモダニズム建築はあったのでしょうか。

この当時地域性を表現したモダニズム建築は、私見ですが、日本においておそらく殆ど例が無かったのではないかと思います。

そういった意味でも(もちろんそうでないとしても)、歴史的に非常に意義のある建築だったと思います。

 

公文書館から名護に帰る途中、沖縄小児保健センターを偶然見つけました。この近くにあるとは思いませんでした。

設計は、フナキサチコケンチクセッケイジムショ・細矢仁建築設計事務所で2008年完成です。

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そしてその近くに、沖縄南部医療センターがあります。設計は日建設計・国建JVで、2003年竣工です。

新しい那覇市庁舎を少し彷彿させますね。

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今回、那覇にていくつかの建築を見て回ることが出来ました。

那覇以外にも宜野湾市や南城市など色々訪れてみたいですね。

名護からだと非常に遠く、車でないと行けないのが辛いですが。