何とも80年代的な表題ですが、今回は建物の外壁に用いられた花ブロックに関してそのような考察を行いたいと思います。

那覇空港から高速バスに乗って高速に行く途中にこの建物をいつも見かけます。

写真はバスの中からですので全体像は撮れなかったのですが。

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この建物は大通りに面しており、花ブロックを前面に施しています。

複数の花ブロックが用いられており、非常にユニークなファサードを形成しています。

これほどまでに多様な花ブロックを用いた建物はなかなか見かけません。

右側部分の建物はおそらく増築ではないかと思うのですがもちろん定かではありません。

ここで注目したいのは看板の左側部分の花ブロックです。

こちらはスクリーンブロックとしての花ブロックではなく、むしろ装飾として花ブロックが取り付けられているかのようです。

おそらく看板は後から花ブロックの上から取り付けられたのでしょう。

そして増築部分においても花ブロックを用い、1階の階高の違いから異なる高さに花ブロックを設けています。

それが結果として非対称性を生み出し、表層において花ブロックの多様性をうみだしていると言えるでしょう。

今年の記事「沖縄のコンクリートと花ブロックの建築 Part 4」でも紹介しましたように、

前面にスクリーンブロックとしての花ブロックを施しているこの建物は1960年に作られています。

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先の那覇の建物もおそらく1960年代ではないかと思っています。もちろん推測にしか過ぎないですが。

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こちらも昨年の記事「沖縄のコンクリートと花ブロックの建築-part-3」で紹介した名護の住宅建築ですが、

こちらは3種類の花ブロックを適応しています。

建物右側ファサード部分の花ブロックに注目しますと、スクリーンブロックとしての機能は全く果たしていません。

コンクリート壁に貼り付けているだけです。左側奥のコンクリとブロックも同様です。

これらは表層における装飾としての機能を果たしています。

この2つの建物にいえることは街の中心部に位置しどちらも道路に面しているということです。

花ブロックをファサードに用いる理由はもちろんスクリーンブロックとしての機能が主ですが、

これらはその機能を果たしていません。

むしろ外部空間に対して、ファサードにおいて花ブロックを何かしら複数の断片として散在させ浮遊させたかのようです。

これら2つはコンクリート造のモダニズム建築です。モダニズム言語を用いながら、花ブロックを表層に散らばせています。

これはいわゆるポストモダンと呼べるのでしょうが、これらの設計者はそのような意識があったのでしょうか。

この2つの建物が1960年代と仮定するならば、

ベンチューリの母の家が1963年ですから、その影響はあったのか。

しかしその当時、沖縄はまだアメリカの占領下にあったわけで、日本からの建築の情報は非常に乏しかったようです。

ならばアメリカから直接入ってきていたのでしょうか。

もしくはやはり沖縄コンクリート建築の匿名的な無作為性からきたものでしょうか。

その辺に関しては今の所全く分かりません。

以前からたびたび取り上げてきた仲座久雄氏の事務所ビル(1956年)が花ブロックを全面に纏わせたものでしたが、

こちらも大きな公園に面したものでありました。

建築のファサードにおいて花ブロックを外部の都市空間に対しこのような表現方法を用いたことは、

沖縄の都市空間と建築の関係性について非常に重要な考察を与えるかもしれません。

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