現在、沖縄に滞在してます。

恒例のように沖縄の建築に関しての投稿です。

名護市中心の建築はほぼ見終えたと思うのですが、いくつか撮ってきたので掲載します。

 

例年のように訪れる名護市庁舎。

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そして近くの名護市民会館のエキスパンション部分。

金物をかぶせていないところにこだわりと、それによる緊張感を感じさせますね。

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教会ですが、もともと教会の建物であったのか、それとも元は別の用途で後から教会が入ったのか分かりません。

手摺や垂れ壁のコーナー部分が丸みを帯びており、柔らかい表現となっています。

 

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名護十字路の交差点に建つ建物で1950年代です。正確な年代は忘れたのですが、

流線型の曲面がなんとなく山田守を想起させますね。

名護市におけるかなり初期のモダニズム建築になると思います。

この向かい側にも同じような建物が建っていたのですが近年解体されてしまい、

残念ながら駐車場に変更されてしまいました。

 

さて、今回那覇を訪れまして、国際通り付近を見て回りました。

当たり前ですが、やはりモダニズム建築は圧倒的に多いですね。

 

県庁裏を歩いていますと、偶然琉球政府立法院跡に遭遇しました。

沖縄県庁舎(黒川紀章設計)の建設に伴い解体されたと聞いていたのですが、

記念碑が建立されていたのですね。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%8B%E6%B3%95%E9%99%A2_(%E7%90%89%E7%90%83)

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そしてここから県庁横の42号線の坂を下っていきますと、目の当たりにしたのがこの建物。

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2,3階部分の道路側正面をコンクリートの縦ルーバーで覆っています。

1階に店舗が入っていますが、2,3階は空き家のようです。

おそらく1950年代に建てられたのではないかと思いますが、

立法院のすぐ真向かいでしたので、おそらくファサードデザインをそれに合わせたのでしょう。

沖縄を代表する建築家、仲座久雄氏の事務所ビル(1956)もこの辺りに建っていたと思います。

以前沖縄県公文書館を訪れた際、ある写真を見て職員の方に伺ったのですが、

そのオフィスビルがちょうどこの付近だったのです。公文書館のデジタルアーカイブを見てもよくわかります。

ここから国際通り沿いに下って行ったすぐだと思います。

 

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こちらは国際通りから少し入っていたところにあるのですが、こちらで働いているという方に聞いたところ、

1950年代だそうです。

写真右側側面部は角度を付け、正面2階部分は一部湾曲させています。

1,2,3階と階ごとに分節を行い、2階部分においては同じ縦ルーバーを用いながら

異なる表現を挿入しています。非常に面白い試みですね。

設計者は全く分かりません。

しかしこの当時50年代、縦ルーバーを用いるのは一種の流行だったのでしょうか。

ちょっと分かりませんが、アメリカの影響があるのかもしれませんね。

 

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松尾消防署。既に閉鎖されたようです。随所に花ブロックが用いられています。

 

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ぐるぐる辺りを回っていましたら、突如目の前に現れました

那覇の入り組んだコンクリートジャングルの街中に突然舞い降りたかのような非常にさわやかで軽やかな建築。

後ほど調べてみましたら、沖縄県教職員共済会館八汐荘で、昨年新たにオープンしたようですね。

元は1960年に開館したようです。2013年に老朽化に伴い閉館したようで、

残念ながら解体された沖縄会館の設計者宮里栄一氏によって設計されたようです。

http://ryukyushimpo.jp/news/prentry-204533.html

建て替えの設計は、アトリエ門口で、琉球の城を想起させる緩やかな複層の曲線で構成されており、

鉄骨とRCのハイブリッド構造ですね。

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国際通り沿いや付近の建物群。

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img_54712層目に花ブロックをあしらったものもいくつか残っています。

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img_5491こちらは国際通りに面した建物の裏側部分ですね。

 

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思わずこれは何だと思い近寄ってみると、コンクリートの水平ルーバーを鉄筋で吊っていました。

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ちなみにこの水平ルーバーと反対側のファサードは縦ルーバーで構成されています。

 

 

ちなみに偶然見つけた建物。

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これから解体される建物ですが、沖縄建築専門学校と書かれています。

ネットで調べても何の情報も出てきません。

実際この建物が学校であったのか、それともただ看板として書かれていただけなのか全く分かりません。

 

今回、国際通り付近を探索できたのは非常によかったですね。

花ブロックを用いた建築はあまり紹介できませんでしたが、

やはり50年代以降の沖縄のコンクリートのモダニズム建築が非常にありますし。

散策しながら思ったことは、先にも出た50年代の医院にもありますように、

1950年代、60年代に建てられた医院建築について調べてみるのもいいかもしれません。

良質な沖縄のモダニズム建築がまだまだ残されているかもしれません。

 

最後にふらりと立ち寄った三線の店にて。ローカリティが息づいています。

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