Category: カザフスタン


新年明けましておめでとうございます。

本年も宜しくお願いします。

2013年にも投稿しました、「アルマティの特異な建築 Peculiar architecture in Almaty」の続編です。

アルマティの建築もこれまでかなり見てきたわけですが、

写真を撮ったにもかかわらず記事に挙げていないのもいくつかります。

そういったものも取り上げていきたいと思います。

タクシーに乗っていましたら偶然見つけまして、後から見に来ました。

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日本語で言うところの自動車運転手連合みたいな名前の建物です。

1986年に建設されたようです。

四角い箱に曲面の壁を貼り付けたような表現が非常に特徴的です。

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この曲面がもともと創建当時にあったのか、それとも後から取り付けられたのか分かりません。

数年前の写真を見ると窓がありません。あとから開けたようです。

せめて石を窓周りに貼りなおせばと思いますが。

知り合いの建築家に聞いたのですが、誰が設計したのか分からないとの事でした。

デザイン上から私は、以前紹介した子供宮殿の設計者じゃないかと思ったのですが、全く分かりません。

この表皮を剝がしたかのような、もしくは貼り付けたかのようなデザインは、アルマティで唯一でしょう。

ソビエト建築ではよく見られる手法ですが、代表的なものをあげると、

アルメニアの首都エレバンにあるチェスハウス(1970)があげられるでしょう。

https://en.wikipedia.org/wiki/Tigran_Petrosian_Chess_House

個人的にですが、コールハウスの「引き剥がす」といった初期の手法はこの辺りからきているような気がします。

こちらは、1938年にできた産科病院です。

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正面ファサードに面する通路部分でしょうか、

外部に面する大きな開口部の窓と、内部の窓の開口部の大きさが異なっています。

竣工が1938年ですのでレンガ造だと思うのですが、それにしてはファサードの開口部が非常に大きく

レンガだと支えきれないのではないかと思いますがどうなんでしょうか。

3つの大きな三角状のへこみがありますが、通路部分はどうなっているのでしょうか。

内部に入って一度見てみたいですね。

しかしスパン割としては同じだと思うのですが、内部と外部のこれらの開口部の大きさが異なることにより

外部から見るとファサードの像がずれて、妙な奥行き感を醸し出しています。

偶然の産物だと思うのですが、非常に面白いですね。

最後はこちら、1996年竣工のようで独立以後ですね。

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以前の記事「Brise-soleil architecture in Almaty」で紹介した

中央スーパーマーケット(1978年)に並行するように建てられています。

ちなみに2008年次はこのようになっていました。

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上部部分はまだ増築中でした。

その後低層部に新たにガラスのカーテンウォールが挿入されています。

実際にはどの部分が1996年竣工なのか分かりませんが、特徴的なのがこの大きな庇です。

ジャン・ヌーベルのルツェルン文化会議センター(1999年)の庇のように真っ平らに見えるよう梁を工夫しています。

個人的にはベスニン兄弟のバクーのバイロフ・クラブ(1928)を想起させますね。

影響を受けているのか分かりませんが。

今回は特異というほどのものではないですが、アルマティで僕が知る限り唯一と呼べるデザインでした。

また何かしら見つけましたら投稿したいと思います。

新たに写真をとった建物や以前の未紹介の集合住宅を紹介したいと思います。

 

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バルコニー手摺部分に張り付けたコンクリートの格子のパネルが印象的です。

1977年竣工で、おそらくこのタイプの集合住宅はアルマティでここだけです。

面を貼り付けたような深みのない表現で非常にグラフィカルですね。

 

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上下にカザフパターンを伸ばしたパネルを張り付けたものです。

1987年竣工のようですが、おそらくこの集合住宅がカザフ的な要素を最も表現した建物だと思います。

おそらく階段室だと思いますが、そこにカザフパターンをファサードに配し

イスラム的な門型アーチのような表現を取っています。

 

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こちらは以前紹介したものですが、再投稿です。1982年竣工です。

階段室にカザフパターン、バルコニーにコンクリートパネルを張り付けた表現です。

フレーム状の形態は、ソビエト建築によくみられる表現ですね。

 

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こちらも門型フレームを配したものです。

 

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フレーム状にカザフパターンを配したものです。バルコニーも直角ではなく角度をつけています。

 

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1988年竣工のバルコニーに円形状の開口部を配したものです。

 

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こちらは歩いている最中偶然発見しました。中心に階段室を配し、角度をつけて両側に居室が並んでいますが、

平面の形態はT字状のようになっており、この写真の部分はTの上部の部分です。

私が知る限り、このような平面形式の建物はこれだけです。

竣工は1972年のようですが、定かではありません。

 

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初期のコンクリートパネルのような建物ですが、竣工は2002年のようですが定かではありません。

異なった装飾を施したパネルを階層ごとに用いています。

 

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こちらはビッグ・アルマティ湖に行く途中で発見しました。

年代は不明ですが、おそらく90年代以降かと思われます。

パターンを模した刷り込みによるコンクリートパネルが連続した己状のバルコニーが印象的です。

コンクリート上の刷り込みが赤い部分もあればない部分もあります。

どちらが元のデザインなのかちょっと分かりません。

窓周りにコンクリートのフレームを配していますが、細長い窓も含めて珍しいタイプです。

 

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アルマティのメイン道路の一つゴーゴル通りに面した建物です。

1975年竣工で設計はアルマティギプロゴル。

全体として非常にマッシブで、建物の正面中心部分のみバルコニーをさらに突き出させています。

 

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1990年竣工の建物です。独立の直前ですね。建築家の名前は手元に資料がなく今は分かりませんが、

彼はいくつかの集合住宅の設計を手掛けています。

バルコニーの頂部からアーチ状の付け柱部分を一番下のバルコニーまでかぶせるように伸ばしています。

全体として垂直方向を強調するようなデザインです。彼は他の集合住宅も似たような手法で設計しています。

 

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今回、初めてこのような縦ルーバーを全面に施した建物を発見しました。

隣国のビシュケクでは以前に見たことがあったのですが、アルマティでは見たことがなくおそらくないのだろうと思っていました。

しかし、100mほどの長いスパンにかけて縦ルーバーを施していると圧巻ですね。植栽であまり見えませんが。

ルーバーは上部のバルコニーの下の部分で止まっています。

竣工はおそらく1978年です。

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その集合住宅に連続して小さな交差路に対してカーブしながら直交して連続していく建物がこちらです。

竣工はおそらく1982年。特にこのカーブ部分が非常に特徴的です。

5階建てですが、4、5階にあたる部分でしょうか、バルコニー部分が突き出ています。

カプセルのような表現を取っています。

この2つの集合住宅の設計者は誰なのかまだ分かりませんが、おそらくアルマティギプロゴルではないかと思います。

 

今回未紹介や新たに発見した集合住宅を紹介することが出来ました。

ソ連時代の集合住宅は年代ごとにシリーズで別れていまして、本当はそれにそって紹介しないといけないのですが、

まだ詳しいことは把握できていません。それらを整理出来た後、きちんと紹介できればと思います。

今回は映画館を紹介したいと思います。

ビシュケクの映画館は以前写真のみ少しだけ紹介しましたが、

アルマティの映画館は初めて紹介します。

1950年代から新たな映画館が建て始めたようです(以前は古典様式の建物を使用)。

ソビエト・モダニズム様式の建築が作られていきます。

1960年に映画館アラタウが建設されます。設計はドゥヤトロフ。

正面ファサードの構成は、真ん中がオープンで列柱を配した構成で若干古典主義を意識したデザインでしたが、

2000年に改修されその部分はガラスで覆われて、外壁も青くペイントされました。

(写真はWikipediaより引用)

2015年にマクドナルドの建設のため、残念ながら取り壊されてしまいました。

 

ツェリニー映画館

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建設は1963年です。設計者は今の所分かりません。

ある記事によると、以前紹介したサーカスの設計者、ウラジミール・カーツェフが設計したとありますが、定かではありません。

現在は映画館としては営業しておらず、元はここがマクドナルドに建て替えられる可能性があり、

解体か建物の後ろにあるニコライ教会の外観を通りから見えるようにするため外観変更の可能性がありましたが、

市に譲渡され伝統芸術のアートセンターやギャラリーになることが決定しました。

外壁に施されたレリーフは、グラフィックデザイナー、イエヴゲニ・マトヴェエビッチによってデザインされています。

ただ1998年あたりの写真を見ると外壁には何もありませんので、後から壁画として書かれたと思います。

内部にもあるようですが、入ったことがないのでどのようなものか分かりません。

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アルマン映画館

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設計はコルジェムポ、パニン。1968年に竣工です。

白くペイントされたマッシブな四角い箱に、正面・側面ファサードに施されたレリーフが非常に印象的です。

壁画家コンスタンチンによるものです。創建当時からあるものと思われます。

2階部分が1階部分よりもせり出しており、いかにもソビエト建築といったソリッド感です。

建物上部に白いテントのようなものが張り巡らせれていますが、もとは金属製の装飾です。

以前は覆われておらず見えていたような気がします。

手前にバーガー・キングがありますが、昨年ほど前に増築されています。

1階エントランスの三角形の部分も後から取り付けられたものです。

現在、アルマティ市の歴史的建造物のリストに加えられています。

 

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入り口から見て左側の側面ファサードのレリーフですが、コンスタンチンによるもので、

兵士、宇宙飛行士、女性の革命、豊作などを表現しているようです。

 

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バックヤード側の側面。ファサードです。

外壁に取り付けられた突起物が単調な外観に変化を与えています。

特に日差しがある日は影を生み出し、白い平面に奥行きと深みを与えています。

 

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こちらはピラミッド状のトップライトを伴った内部の吹き抜けのホールです。

壁に石が貼っておりレリーフが取り付けられています。

イスラム的な表現をかたどった門の形をしたレリーフが正面左側に見えます。

どうやら以前はここは屋根がかかっていない外部の中庭だったようです。

 

ArchCodeというアルマティの歴史的ソビエト建築の保存を呼びかける団体がありまして、

建築ツアーを行ったり、フォーラムを行ったりといろいろ活動しておりまして、

私も時たま参加したりしているのですが、そのツアー中にこちらを訪れ中に入りました。

ソビエト時代から働いているらしいロシア人女性が参加者にいろいろ説明していまして(もちろんロシア語)、

その後、参加者に通訳してもらい、この中庭はイスラム的なものを表現していたのかと質問したのですが、

彼女はそうではないと答えました。ただ全くの建築外の人なので確かなのかちょっと分かりませんが、

アルマティのソビエト建築で初めて中庭を設けた建築を目にしました。

 

以前紹介しました「Architecture of the Soviet」に中庭だけの写真が小さく掲載されていまして、

雪が積もってよく分からないのですが、レリーフの下に噴水のようなものがあります(現在は既に取り除かれている)。

このレリーフの意味が解読できれば、この中庭の意味も分かってくると思うのですが、

今の所は分かりません。ロシア語が完全に分かってればと思うのですが。

アルマティで中庭を設けた最初のソビエト建築だとすれば、非常に重要な意義を持っているのではないでしょうか。

今回はサーカス劇場を紹介したいと思います。

アルマティを代表する建築といっても差し支えないでしょう。

http://circusalmaty.kz/

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設計はウラジミール・カーツェフ、竣工は1972年です。

ソビエト時代はモスクワのボルショイ・サーカスでも知られていますように、サーカスは非常に盛んでした。

モスクワのボルショイ・サーカス劇場も1971年に建てられています。

以前、ビシュケクのサーカス劇場(1976)の写真を載せましたが、他の中央アジア諸国と比較して、

アルマティのサーカスは非常にユニークな形態といえるでしょう。

円形アリーナ、管理棟、トレーニング・ルーム、団員の居住施設などで構成されています。

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アリーナ右手に見えるカラフルなレリーフをまとった部分はチケット売り場で、竣工当時から同じデザインです。

その右手に見えるタワーも同様です。

このアリーナ部分ですが、サーカスという機能を果たすため円形になっていますが、

リブ状の屋根も含め、建築家のカーツェフはカザフスタンの文化を表現しようと努めたようです。

つまりユルタですね。

この円形アリーナの外形は、3層の水平ルーバー、回転するようにまとわりつくバルコニーで形成されています。

水平性を非常に強調しています。

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バルコニーサイド部分には手摺壁は回らず、開口されています。回転性を表現するための手法だと思います。

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バルコニー部分の床は先に向かって細くなっています。手摺部分の笠木の板の出が非常に大きいです。

水平性をより強調しようとしているのが分かります。

アリーナは回転するコスモロジーのようなものを、ナショナル・アイデンティティーと同時に表現使用したのではないでしょうか。

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登頂部分は、レオニドフの重工業省コンペ案(1934)のホール部分を想起させますね。

 

アリーナの内部からからドロッと突き出るチケット売り場が印象的です。

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後から塗装されたものだと思っていたのですが、竣工当時の写真を見ると最初から塗装されたカラフルなデザインでした。

 

アリーナの北側に管理棟などが併設されています。

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木の板が壁に貼られていますが、何年か前の改修で貼られたと思います。

エントランス部分から左側はおそらく増築ではないかと思います。

70年代に撮影されたと思われる上空写真にはこの部分はありません。

ネット上で公開されているオリジナルの立面図にもないですね。

今の所、いつ増築されたのか、同じくカーツェフらのチームによってなされたのかも分かりません。

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この増築部分の完成により、全体としてデザインが引き締まったような気がします。

ただ建物自体全体として大きく、高低差が非常にありますので、全体を通して見ることはできませんが。

 

ソ連崩壊後、経営などで紆余曲折あったようですが、2015年に正式に民営化から外されることが決定しました。

アルマティの都市景観のシンボルの一つともいえる建築ですので、

是非ともこれからもその魅力を保ち続けてほしいですね。

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ちなみにカーツェフは、スポーツ宮殿(1967)、メデオのスケートリンク場屋ホテル、

スキー場のチンブラックのホテルなども手掛けています。

アルマティのプール施設「ダイナモ」も彼の設計によるものです。

年代は分かりませんが、大きくフレーミングされた開口部から内部が表出したようなファサードで

バルコニーが突き出した外観デザインです。現在は改修されアルミパネルが貼られています。

オリジナルのデザインが見れないのは残念ですが、彼の代表作に数えられるでしょう。

フランスの建築家・歴史家のジャン=ルイ・コーエン氏の講演がアルマティにて、

フランス大使館の主催にて6月26日、27日と計3回行われ、すべて行ってきました。

https://en.wikipedia.org/wiki/Jean-Louis_Cohen

 

初日はカザリアン・アートセンターというギャラリーで開かれ、講演内容は「アーバン・ユートピア」について、

主にコルビジェの建築やスケッチに関するものでした。

http://sxodim.kz/almaty/event/vstrecha-s-zhan-lui-koenom-i-fotoproekt-urban-utopias/

写真はカザリアン・アートセンターに展示されている屋外アートと一階展示室。

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私は一番前の方に座っていたのですが、講演前にコーエン氏が私の隣に座り、

そのおかげで彼と話すことができました。

以前黒川紀章の事務所で働いていたことを話すと、アスタナのプロジェクトかと聞かれ、

いやその後のアルマティのプロジェクトだと説明しました。

彼は八束はじめ氏と友人だと話し、みかん組のマニュエル=タルディッツは彼の生徒だそうです。

その後講演は始まったのですが、私はてっきりフランス語か英語でやるものだと思っていたのですが、

全編ロシア語でした。

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ロシア語でしたので90%分かりませんでしたが、今まで見たことがないコルビジェのスケッチが出てきまして

非常に興味深かったです。

コーエン氏が関わった、以前にも紹介しました「The Lost Vanguard: Russian Modernist Architecture 1922-1932」を持っていきましたので

フランスの大使館関係者の方が講演後私の本を手に取って紹介していました。

 

講演後、アルマティの建築家とアーティストと談笑するコーエン氏。

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その後、彼と会話することができまして、先の本にサインをいただきました。

彼がサインをしている時に私と一緒に撮った写真を写真家に送ってくれないかとお願いしたのですが送ってくれませんでした。(一応ネットで見つけました)

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2回目の講演は、同日の夕方5時からSIGS Spaceという違う場所で行われ、

講演内容は「未来都市に関する簡単な歴史」に関するものでした。

ルネッサンス時代から、近代までの様々な都市計画が紹介されたのですが、

17、18世紀辺りのフランスの都市計画や1900年代初期のアメリカの都市計画のプロジェクトは初めて知りました。

もちろん、メタボリズムの都市計画やアーキグラム、アーキズーム、1960年代のソビエトの都市計画も紹介されました。

そこで彼がちょっと面白い発言をしまして、個人的には非常に重要な発言だったのですがここでは内容は控えておきます。(以下の写真についてではありません)

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27日は、「ソビエト建築の遺産」というテーマで講演が行われました。

こちらは事前に登録が必要でしてロシア語で登録を行い参加してきました。

https://almaty-urban-re-hub.timepad.ru/event/345627/

個人的にはこの講演に最も興味がありまして、ロシア構成主義の現在の姿を見ることができました。

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ご存知の通り以前解体予定であったシューホフのラジオタワーは保存が決定されました。

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日本の日土小学校に関しても話していました。

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メーリニコフのルサコフ労働者クラブが改修され、側面部分に窓ガラスが付け加えられたのは初めて知りました。

講演後いつものように質問タイムがあるのですが、彼がちょこちょこ私の方を見てきました。

先のレクチャーでは英語で質問をしたのですが、今回は控えておきました(笑

 

これらの講演の前か後かは分かりませんが、インタビューがいくつか行われたようです。

https://kapital.kz/gosudarstvo/51478/zhan-lui-koen-v-lyubom-gorode-mozhet-gospodstvovat-libo-vlast-libo-rynok.html

 

講演後、コーエン氏に挨拶をいたしまして、何かを呟かれました。ここでは秘密にしておきます(笑

本当に実現すれば非常に面白いのですが。

また彼のレクチャーがあればぜひ参加したいですね。日本語で質問できれば一番良いのですが(笑

 

 

 

アルマティにて目に留まる建物がありました。

この建物の竣工は1984年。設計はグラ。この設計者は1960年代に中央デパートも設計しています。

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柱型、梁型、腰壁によって構成された直交グリッド上に施された装飾を食い破るかのように

四角いフレームで切り取られオブジェのようなものが挿入されたファサードが非常に印象的です。

ファサードにこのように彫塑的な装飾を用いるのはソビエト建築のみならず旧社会主義圏で見られる手法です。

この彫塑的ファサードを見るとチェコ・キュビズムやマルセル・ブロイヤーを非常に強く想起させるですが、

何らかの関連性はあるのでしょうか。

近年の日本の現代建築でもよく見受けられる、ファサードを方形のフレームで切り取る手法

(私もいくつかのデザインで適応したことがありますが)もソビエト建築に見受けられます。

アルマティでも、アセム(1976)というグリーンバザールの隣にあるショッピングセンターのファサードにおいて

ブリーズ・ソレイユを全面に施したファサードにこのようにフレームで切り取られた面を挿入しています。

残念ながら現在は全面的に改修されその面影は全く残っていません。

 

初めてこの建物を見たとき、真っ先に思い出したのが、スティーブン・ホール設計のラッフルズ・シティにおいて

挿入されたレベルス・ウッズの「光のパビリオン」やアーキテクトニカの「アトランティス」(1982)の開口部です。

これらはファサードではなく建物本体に開口部を設け、そこに異物を挿入しているわけですが。

話も元に戻しまして、この建物のファサードにおけるフレーミングによる開口とその部分への異物の挿入は、

まさしく異化作用と呼べるものではないかと思います。

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この手法はどこから出てきたものでしょうか。

個人的な推測にしか過ぎませんが、モスクワの1930年代の古典主義建築から来たのではないかと思っています。

この時代は構成主義がスターリンによって衰退していき、古典主義が台頭してきた時代です。

特にワインシュテインのモスクワの集合住宅(1935-1938)や、

アルハゾフの集合住宅(1940)のファサードにみられるように、

柱とアーキトレーブでフレーミングされた部分が非常に特徴的です。

フレーミングされた部分の開口部はバルコニーになっており、壁の色もファサードと違う色彩を適応しています。

内部が剥き出しにされたかのような表現です。

彼らはもとは構成主義者であったようですが(ワインシュテインはソビエトパレスのコンペにも参加していた模様)、

他の構成主義の建築家と同様、古典主義(いわゆるスターリン様式)に転向していきます。

ただ古典的ファサードにおいて、彼らはそれまでの古典主義とは異質な方向性を

ファサードにもたらしたのではないでしょうか。

この建築家がどのような意識で設計したかは分からないですが、

このオフィスビルのファサードの構成は、おそらくそのあたりからきているのではないかと推測しています。

グリッド全体に連続する装飾を断ち切るフレーミングとその異物といえるオブジェの挿入は、

まさしく異化と呼べるものではないでしょうか。

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2010年にも「ルーバーの建築」という記事を書きましたが、新たな建築を追加したいと思います。

いくつか被る写真もあると思います。

 

カザフスタンには数多くのブリーズ・ソレイユの建築が存在します。

比率でいえば隣国キルギズスタンの首都ビシュケクよりも高いような気がします。

ウズベキスタンは訪れたことがないので分からないですが。

以前紹介したものを小さい写真で紹介していきます。

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以前も紹介しましたアルマティ技術大学。ブリーズ・ソレイユとしては非常にユニークです。

柱型が直方形でなく、三角形状になっておりその合間に挿入されています。

建物の南側に設置されています。

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こちらも以前紹介した建物です。以前は建築家連合のようなものが入っていましたが現在は分かりません。

建設は1968年です。長手側面のルーバーは回転可動になっており、

ソビエト時代の写真で一部逆に回転させているものを見たことがあります。

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ここから新しい建物です。

以前にも「アルマティの特異な建築」で紹介しましたシンバット・ビジネスセンターです。

現在は壁一面ペイントされ残念ながら以前のような石による荒々しい印象は消え去りました。

四角い建物にはビジネス・ファッション・アカデミーが入っています。

設計者は分かりませんが建設は80年代のようです。

下の写真が南側になるわけですが、全面にブリーズ・ソレイユを施しています。

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その横にあるソビエト時代の中央スーパーマーケット。

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こちらは以前のスポーツ・パラスです。1967年に建設されましたが2011年に改修され、

外観は全く別のものとなっています。

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こちらはもとからあったのか後から貼り付けたのか分からないですね。そしてブリーズ・ソレイユとしてか、ファサードを強調するためのものかも、分別しがたいですね。DSC03862

 

以前にも紹介したKaz Gu大学です。

設計はモスクワの高等教育施設設計機関、Giprovusにて行われたようです。

代表する建築家に名誉建築家であり、構成主義者がいたようです。

以前にも書いたように友人曰くモスクワで設計がなされたため、高層の建物は南を向いておらず、

ブリーズ・ソレイユの役割を全く果たしていないそうです。

東西方向に施しているので、朝と夕方は果たしていそうですね。

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こちらも裏側は大きなガラスとなっています。

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以前に少しだけ紹介した、KazNTU(研究工科大学)です。

こちらも設計はモスクワのGiprovuz。正確な年代は分かりませんが、KazGuよりは後ですね。

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現在は下の写真のようにブリーズ・ソレイユも両サイドのコア部分もクリーム色にペイントされ、ファサード上のメリハリがなくなっています。

この2つの大学は他の建築と違い、モスクワでの設計です。

ファサードにおけるブリーズ・ソレイユは日射除けというよりも、ソビエト芸術的な力強さを感じさせます。

他と明らかに性格が違います。

 

こちらはアルマティで見かけるもっともユニークなものです。

円形のコーナー部分に垂直方向に施されていますが、

この部分以外にも、水平方向にランダムに貼り付けられたものもあります。

まるで蜂の巣のようなイメージです。DSC07260

通りを挟んで、別のタイプが存在します。

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こちらは集合住宅に取り付けられたもの。知る限りアルマティでもっともユニークなものです。

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これらをブリーズ・ソレイユと呼べるものか分かりませんが、非常にユニークですね。

 

最近分かってきたことは、このようにファサードにブリーズ・ソレイユ的なものを施す手法はウズベキスタン、タジキスタンを含む中央アジア独特のものだと思っていたのですが、

どうやらネットで見る限り1960年代から東ドイツにおいてファサードに装飾パターンを張り付ける手法が出てきていたようです。

僕が知る限り、モスクワにはありません。

アルマティのカザフテレコムや美術館に非常によく似た建物が1960年代にルーマニアで設計されています。

もしかするとですが、このようにファサードに装飾パターンを張り付ける手法は、

旧社会主義圏において、イスラム圏である中央アジアから生まれたのではなく、

60年代東ドイツやその他のヨーロッパに近い社会主義圏で適用され始め、

それが70年代に入り、中央アジアの建築にイスラムスタイルとして適用され始めたのかもしれません。

 

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House of Political Education. 現在はオフィスビルとして使用されています。

竣工は1981年ですが設計は1975年からはじめられたようです。

設計者はY. Ratushny、 O. Balkybayev、 T. Yeraliev で2011年に紹介したHouse officersと同じ建築家です。

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真ん中の重厚な外観の建物が会議ホール、両サイドがオフィス・管理棟です。

両サイドのオフィス棟は同様の外観で構成されています。

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ドスティック通り側から見たオフィス棟。

年代や時代背景からもポストモダンの建築デザインだと分かります。

事実この場所はドスティック通りをはさんでカザフスタンホテル、アバイ通りをはさんで古典主義の現キメフ大学があります。

これらを考慮に外観デザインがなされたようです。

DSC06199(ドスティック通り側のファサード。通りをはさんで右側にカザフスタンホテル)

 

https://www.google.com/maps/@43.2433711,76.9574221,560m/data=!3m1!1e3?hl

傾斜にそってオフィス棟を雁行配置させる手法は、以前紹介した集合住宅を髣髴させます。

もちろんこちらの方が早いと思いますが。

外観は非常にシンプルでHouse officersよりもかなり単純化・反復されています。

 

中央の会議棟が非常に重厚で、ソビエト建築のホールに良く見られるデザインですが、

上部妻側が斜めにはなっていません。

全体に調和させたのでしょうか。その結果非常にマッシブで剛直です。

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オフィス・管理棟やホール上部にはいつもの貝殻の堆積岩による横貼り構成されていますが、

こちらの柱は大理石で縦貼りにすることにより、垂直性が強調されています。

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手前と座席部分の床を支える柱とでも違うタイプの石を用いています。

白くペイントされた梁に対し、柱上部に三角上のものを載せ、それで梁を支えています。

ピン構造のように見えますが、実際はローラーに近いのでしょうか。

異なった石の貼りかた、種類を適用することにより、構造上の役割の違いを表現しています。

設計者、構造設計者のこだわりがここに見て取れます。

とくに白くペイントされた梁の表現はこの建築において大きな特徴となっています。

ソビエト建築の多くのホールは、メーリニコフノのルサコーフ・クラブ(1927)のように斜めに表現されたものが多いわけですが、

床を支える構造を表現したものはそんなに多くないと思われます。

ここにおいてその梁を白くペイントすることにより、周囲とは切り離された異質のオブジェかのように浮き上がっていきます。

夜間はこの部分にライトアップがなされ幻想的です(写真は無し)。

裏側は円形になっており、長方形とシリンダーを組み合わせた形態となっています。

アバイ通りとこの部分に間に集合住宅があり、通りから全く見えません。

ちょっと残念ですね。この部分のみが独自に存在していたとしても良かったと思います。

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長方形と円形を組み合わせるのは構成主義に良く見られる手法ですが、

そういえばコールハウスの台北芸術センターはそのような構成になっていますね。

あれは立方体に球や突き出したホールを差し込んでいるわけですが、

完全にレオニドフの手法を参照していると思います。

 

現在、裏側のオフィス棟に入居者はなく、全くの廃墟のようになっています。

IMG_2560(左がオフィス棟、右側は会議棟の裏側で円形になっている)

一部の窓ガラスが取り外されています。外壁の石もかなりはがれています。

痛みが激しくかなり荒んでいます。

かなりの施工不良のようで、床と壁の接合が不十分で雨漏りなどひどいようです。

構造的にも地震荷重に対して不十分なようです。

去年の終わりごろ、この建物を解体して、あらたにショッピングセンターを作るのではないかと言う記事が出ました。

その約2週間後、それを否定するかのように新たな改修案を盛り込んだ記事が出ました。

大学が入り、耐震改修などを行うようです。

外観は歴史的なものなのであまり変更しないようですが、

案を見る限り、垂直性のみ保持され若干どころか結構変更されています。

このまま残して欲しいところですが。

 

ちなみに前庭の大部分を噴水が占めています。

IMG_2541(撮影時期が冬なので水を抜いています)

ドスティック通りに面しているので、夏季は多くの人が憩っています。

ただ斜面に寄る高低差があるので、アクセスはいいとはいえません。歩行者通りから分断されています。

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改修案はこの辺をかなり良く対応していると思いますが、

パブリックスペースとしてアクセシビリティーは非常に重要なことだと思っています。

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IMG_1300 (2)

アルマティにある数多くのモニュメント・メモリアルの一つで、ジェルトクサン・サッパエバ通りの交差点にあります。

1986年、アルマティで起きましたアルマティ事件から丁度20年後を記念しまして2006年の建立されました。

デザインは建築家のティムール・スレイメノフ。

アルマティ事件につきましては、以下参照。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%82%A2%E3%82%BF%E4%BA%8B%E4%BB%B6

個人的にアルマティのモニュメントにおきまして意匠的に最も印象的なものです。

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説明によりますと2つの塔は、人々の自己意識の爆発、イデオロジー的規範の崩壊、自由と独立への勝利を象徴しているようです。

また、赤い花崗岩の塔は犠牲と流された血を表し、白い花崗岩の塔は若さと希望を表しているようです。

これら2つを統合する女性の像は右手に和解のための呼びかけを表すハンカチを持ちながら風に向かって手を振り、左手には自由と新たな生活への欲求としての象徴である鳥を掲げています。

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2つの塔にデザインに関して、個人的にソビエトデザインを想起させるのですが、どうでしょうか。

1943年生まれという建築家の年齢を考えるとおそらくその影響はあるでしょう。

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後ろから見たものです。2つの塔がお互いに向き合っているのがよく分かります。

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縦に溝が入っているのがよく分かります。ピラミッド形の突起物が取り付けられています。

カザフスタンのシンボルである、32本の光を擁する太陽と翼を広げて飛ぶ鷹が刻まれています。

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花崗岩の目地とギザギザの切込みがあっていませんが、意図的でしょう。

建築家のティムール・スレイメノフは近年、アルマティ郊外のアンラカイ地域に、1730年ジュンガル民族の侵攻からの戦いにおいて勝利を記念した「アンラカイスコイの戦いのモニュメント」をデザインしています。

http://silkadv.com/ru/node/1740

こちらも相対する2つの塔が向かい合うデザインとなっています。

個人的な印象としてこれらのモニュメントは非常に建築的であるということです(もちろん建築家がデザインしていますから)。

これをこのまま巨大化するとそのまま建築になりえます。

なんとなく、ロシア構成主義の建築家ラドフスキーやクリンスキーあたりを想起させるのですが、

おそらく誰かある現代の建築家がこれをみていたら、これに近いような高層ビルをデザインするのではないかと思っています。

特にコールハースやその周辺の建築家などあたりがやりそうですね。

もちろん私もやってみたいですが。

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かなり久しぶりにカザフスタンの建築に戻ります。

今まで4回ほどアルマティの集合住宅について書いてきましたが、今回で5回目になります。

ソビエト様式の建築(2009年)

https://axelshockie.wordpress.com/2009/12/03/%E3%82%BD%E3%83%93%E3%82%A8%E3%83%88%E6%A7%98%E5%BC%8F%E3%81%AE%E5%BB%BA%E7%AF%89/

新年明けましておめでとうございます(2010年1月)

https://axelshockie.wordpress.com/2010/01/14/%E6%96%B0%E5%B9%B4%E6%98%8E%E3%81%91%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%8A%E3%82%81%E3%81%A7%E3%81%A8%E3%81%86%E3%81%94%E3%81%96%E3%81%84%E3

その他の面白い集合住宅 Part1(2010年1月)

https://axelshockie.wordpress.com/2010/01/22/%E3%81%9D%E3%81%AE%E4%BB%96%E3%81%AE%E9%9D%A2%E7%99%BD%E3%81%84%E9%9B%86%E5%90%88%E4%BD%8F%E5%AE%85%E3%80%80part-1/

その他の集合住宅 Part3(2010年7月)

https://axelshockie.wordpress.com/2010/07/03/%E3%81%9D%E3%81%AE%E4%BB%96%E3%81%AE%E9%9B%86%E5%90%88%E4%BD%8F%E5%AE%85%E3%80%80part3/

新年明けましておめでとうございます&面白い集合住宅 Part4(2012年1月)

https://axelshockie.wordpress.com/2012/01/04/%E6%96%B0%E5%B9%B4%E6%98%8E%E3%81%91%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%8A%E3%82%81%E3%81%A7%E3%81%A8%E3%81%86%E3%81%94%E3%81%96%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%EF%BC%86%E9%9D%A2%E7%99%BD%E3%81%84%E9%9B%86/

この記事を書くに当たってPart2がないことに気づきました。。

さて、今回は今まで紹介してこなかった集合住宅を紹介したいと思います。

写真自体は2,3年以上前に撮ったものばかりです。

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コンクリートパネルではなく現場うちコンクリートで建設された12階建てのアパートで、1976年建設です。

真ん中のルーバーを施している部分は階段室です。

このようにコア部分の外部に縦ルーバーを施した建物が非常に多いです。

外観は水平部分が縦を強調するパネルにより分節されています。

より垂直性を強調しています。

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先ほどと似た構成ですが、こちらは12階建てで1981年です。

こちらもコア部分に縦のルーバーを施しています。

そこは外部廊下で、階段室とEV室を繋ぐ連絡通路です。

建物の真ん中に線が見えますが、構造的に切れていまして、エキスパンションジョイントです。

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アルマティの集合住宅でも一際目を引く建物です。

写真の右手部分が後から取り付けられたような印象を受けます。

私が持っている「Architecture of the Soviet Kazakhstan」にも、

「レイアウトを変更してアパートに部屋を挿入したもの」と記述されていますのでおそらくそうでしょう。

年代は分かりません。

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このエントランス右側のシリンダー部分が気になるのですが、階段室でしょうか。

その右奥にも上部が斜めにカットされたボリュームがあります。

DSC07028

1階部分にこのようなレリーフがあります。

「この建物にはカザフスタンの名誉ある建築家、ユーリー・ラツシュニー(正確な読みは分かりません)が1978年から1996年まで住んでいた」と書かれています。

ラツシュニーは有名な建築家で、以前紹介したrepublic Palace,House of Officersや

未紹介ですがKazakhstan Hotelにも関わっています。

ただこの建物の設計には関与していないと思います。

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中心からは結構離れたところに位置する集合住宅です。

1階部分がショップとなっています。

年代は分かりませんが1975年前後でしょう。

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地上階前庭を庇のようなものを回して囲っているのですが、どうしてでしょうか。

建設当時は子供用のショップだったようなので、そのことも関係しているのでしょうか。

よく見ると気づくのですが、両端が左右対称になっていません。結構珍しいですね。

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ファサードが細かく分節されているのが分かります。

階段室部分は縦方向に3分割され、真ん中のスリットに水平バーを取り付けています。

居室部分には、3つの縦ルーバーを設け、水平のバーで支えています。

非常にリズミカルですね。

IMG_0936 隅部のデティール。

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こちらは年代も設計者もさっぱり分かりません。

一見すると日本でもあるようなただの集合住宅です。

しかし珍しいのは、バルコニーが全室にあるということです。外部廊下のようにそのまま伸びています。

日本同様、仕切り板のようなパネルで仕切っています。

面白いのは、バルコニーの手すりに交互に縦格子をはめ込んでいることですね。

もしかしたらこの建物は寮のような機能の建物かもしれません。

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こちらも年代、設計者ともに分かりませんが、カザフパターンのオアネルが組み込まれているのを見ると

独立以後かもしれません。個人的にファサードの分節の比率が美しかったので写真を撮りました。

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ちらも年代、設計者ともに分かりませんが、以前紹介した、「ヴォリューム」の解体 Dismantling of `VOLUME`」

https://axelshockie.wordpress.com/2013/04/20/%EF%BD%A2%E3%83%B4%E3%82%A9%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%A0%EF%BD%A3%E3%81%AE%E8%A7%A3%E4%BD%93-dismantling-of-volume/

にて紹介したかったのですが、忘れてしまい、今回載せました。

建物の壁の格子状のような物の上に、上下交互に凸状とでも言いましょうか、パネルを貼り付けています。

この操作により、ファサードをより2次元的なものにしています。

さて、今回はここまでにしたいと思います。

まだ他の集合住宅の写真がありますが、次回以降にしたいと思います。

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このブログを書き始めた頃の5年前に紹介したこの建物、未だにわかっているのは、モスクワにあったモスプロジェクトによる設計で、

ウズベキスタンのタシケントにも似たようなものがあるらしい、ということしか分かりません。

先のカザフスタンの建築の本にも掲載されていません。

いつか時間があればもっと調べてみたいですね。

以前告知した劇場を紹介したいと思います。

正式名称を、State Academic Russian Theatre for Children and Young People named after N. Satsと言います。

1982年完成。設計者はAA Petrova, ZM Mustafina, GS Dzhakipova、エンジニアは GI Chairs, GI Nikitinです。

アルマティで設計されたのか、モスクワにて設計が行われたのかは分かりません。

http://www.tuz.kz/

https://ru.wikipedia.org/wiki/%D0%93%D0%BE%D1%81%D1%83%D0%B4%D0%B0%D1%80%D1%81%D1%82%D0%B2%D0%B5%D0%BD%D0%BD%D1%8B%D0%B9_%D0%B0%D0%BA%D0%B0%D0%B4%D0%B5%D0%BC%D0%B8%D1%87%D0%B5%D1%81%D0%BA%D0%B8%D0%B9_%D1%80%D1%83%D1%81%D1%81%D0%BA%D0%B8%D0%B9_%D1%82%D0%B5%D0%B0%D1%82%D1%80_%D0%B4%D0%BB%D1%8F_%D0%B4%D0%B5%D1%82%D0%B5%D0%B9_%D0%B8_%D1%8E%D0%BD%D0%BE%D1%88%D0%B5%D1%81%D1%82%D0%B2%D0%B0_%D0%B8%D0%BC%D0%B5%D0%BD%D0%B8_%D0%9D._%D0%A1%D0%B0%D1%86

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以前はAHBKと呼ばれた文化宮殿でありまして、コットンのプラントでもありました。

文化省が1985年に解体し、現在のように子供用の劇場になったのは、1996年だと思います。

 

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個人的には典型的なロシアン・モダニズムだと思います。最初写真で見た感じそんなに興味は沸きませんでしたが、

実際に見てみると意外と迫力があります。

 

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正面のバルコニー部分にモザイクタイルで装飾を施しています。

これは最初からあったのか、それとも子供用の劇場として使用された後なのかは分かりません。

バルコニーの1階は駐車場になっています。

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ワッフルスラブにより大スパンを実現しています。明るい部分がありますが、おそらく天窓になっているのだと思います。

グーグルアースで見た限り、上に屋根をかぶせているようです。上に上がれず確認はできませんでした。

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バルコニーの両サイドはキャンチレバーになって突き出しています。

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こちらはサイド部分です。おそらく階段室ですね。

 

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劇場の裏側です。かなり大きな搬入口ですね。4階部分でしょうか、バルコニーへの梯子がありますが、避難用でしょうか、それともアプローチ用でしょうか。

 

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ホール上部の切れ込みは何でしょうか。雨樋ではないと思うのですが。

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建物の横には噴水があり、子供たちの遊び場となっています。

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これは後から改修されたものであり、もとは正面バルコニーに張られているようなモザイクタイルのものでした。

 

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見上げた写真。こうしてみると細かい構成がよく分かりますね。

ただ石の張りかたは非常にオーソドックスですね。一部大理石を使っていますが、基本的に全部同じです。

 

この劇場は中心地から離れた所にあり、竣工時には周辺にはあまり建物がなかったのではないでしょうか。

その当時、かなりの存在感だったと思います。

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約1ヶ月ぶりの投稿です。

以前ふとある建物に目が留まりました。

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どこの注目したかというと、バルコニーの壁に貼り付けているコンクリートパネルです。

もちろん装飾的な意味合いもありますが、私がここで注目したいのは、ボリュームの表現ではなく、面的な表現を施していることです。

 

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基本的にロシア建築とは構成主義の時代からヴォリュームの表現、そしてその構成にあったと思います。

これを見た瞬間、おそらく設計者はバルコニーにおいて、このヴォリューム性を否定して面の構成に解体しようと試みたと思いました。

 

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バルコニー部分を横から見ると顕著に分かりやすいです。

サイド部分にコンクリートパネルを貼り付けていますが、明らかに正面部分と分離させています。

面的表現をより強めようとしています。

パネル自体が直線でなく曲線になっており、面的な重ねあわせが強調されており多層的に表現されています。

バルコニーのマテリアル部分自体、おそらく90年代以降のもののように見えます。、新しく既存の建物のボリュームに取り付けたのかもしれませんが、

そのことによってより一層面を重ね合わせたように見えます。

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こちらはツムにある集合住宅ですが、ベルコニーに交互にパネルを張り合わせています。

イスラム的なパターンですので、おそらく独立以後に取り付けられたのでしょう。

面的に解体しているというよりは、これだけの大きな面ですので、どちらかと言うと面内における構成的なものですね。

 

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こちらはメイン通りに面した建物ですが、見ての通りパネルを剥がしたかのような表現となっています。

カザフパターンを貼り付けていますので、通りの性格上、独立以後の新しく取り付けたものだと思いますが、

こちらの場合、ボリュームの解体というよりは、面的な表現をさらに引き剥がしたかのような表現ですね。

バルコニーのサイド部分と壁の付け目が同じような表現をとっていれば、さらに強まったような気がします。

剥がし方の表現が突き出していますので、ロシア的といえばロシア的なのかもしれませんが。

 

おそらくソビエトからの独立以後、カザフの建築家によってはこのロシア時代からのボリューム性を否定した建築家がいたように思われます。

それは壁にカザフパターンを貼り付けることによって、且つイスラム的なものとは違う表現されているものもあると思います。

特に最初の写真の建物は私の興味を非常に引きました。いわば批評的なデザインといえるのではないでしょうか。

 

次回はできればこの建物を紹介したいと思います。

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久しぶりにカザフスタンの建築に戻ります。

これまでにかなりのアルマティの建築を紹介してきましたが、未紹介の建築がまだまだ数多くあります。

今回はその中で特異な建築を紹介したいと思います。

 

アルマティの中心地ツムの近くにある建物。

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1階は昔のショッピングモールとでも言うのでしょうか、バザールと言うのでしょうか、服などが売られていますが、その上の非常に特徴的な楕円形の部分は何なのか分かりません。

おそらくオフィスが入っているの思うのですが、非常に躍動感があり印象的です。いつの時代に建てられたのか分かりませんが、独立以前だと思います。

 

そしてその横にある建物。

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こちらは何の建物か分かりません。おそらく自動車関係ではないかと思います

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非常に機能的というか即物的というのか、均等に割られた窓のサッシュがさらに曲線の印象をを強めています。

BIGが獲得した首都アスタナのナショナルライブラリーを想起しますが、こちらの建築家によるとあれはタトリンの第3インターナショナル記念塔だという人もいますが、

これはそれ以上に想起させます。それ以上に機能的ですが。

 

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こちらは人口湖畔にある建物です。以前紹介した集合住宅を見に行った際に見つけました。

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いつ建てられたのかは分かりませんがソビエト時代だと思います。私が見に行ったときはもう使われておらず廃墟と化していました。

こちらのサイトに写真が載っており、カフェだと分かりました。

http://www.red-thread.org/en/article.asp?a=34

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こちらはある大学の講堂で日本語スピーチ大会がありまして、終了後に裏手に回ったところ偶然発見しました。

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発見した時はものすごくびっくりし、後日訪れて写真を撮りました。

中に入って少し聞いたのですが如何せんロシア語が分からず、おそらくガスか灯油などのエネルギーを研究する建物だと思います。

建設されたのは1980年代初期(中の職員によると)のようです。

知人の建築家に写真を見せたところ、逆に、これはどこにあるんだと聞かれました。

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外壁の石の張り方が非常に特徴的です。私が知る限り、アルマティでここまで凝った貼り方をした建築はありません。

正面右側の2階部分を突き出させ円形でくり貫いています。完全に非対称です。

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この部分は写真を見る限り梁がなくフラットスラブになっているかもしれません。中に入ったのですが、写真を撮るのを忘れていました。

ただこの部分を確認することはできませんでした。

職員によると、この正面部分は増築のようです。写真右側にチラッと建物が見えると思いますがあちらが先のようです。

ロシア建築においてこのように斜めに突き出すという手法は数多く見られますが、このようにくり貫くというのはあまり見たことがありません。

そのくり貫いた部分にガラスを用い(採光用だと思いますが)、石との対比において非常に艶かしい表情を感じます。

ガラスサッシュと石の目地が合っていないですね。意図的に合わせていないのでしょう。

一瞬ですが、ハンスホラインのレッティー蝋燭店やシュリン宝石店を思い出しました。

なかなか人目につかないところにありますが、個人的にはアルマティを代表する建築の一つだと思っています

またの名をThe Kasteev State Museum of Artsといい、1976年に設立されたカザフスタンでもっとも大きな美術館です。

http://www.gmirk.kz/

http://ru.wikipedia.org/wiki/%D0%93%D0%BE%D1%81%D1%83%D0%B4%D0%B0%D1%80%D1%81%D1%82%D0%B2%D0%B5%D0%BD%D0%BD%D1%8B%D0%B9_%D0%BC%D1%83%D0%B7%D0%B5%D0%B9_%D0%B8%D1%81%D0%BA%D1%83%D1%81%D1%81%D1%82%D0%B2_%D0%9A%D0%B0%D0%B7%D0%B0%D1%85%D1%81%D1%82%D0%B0%D0%BD%D0%B0_%D0%B8%D0%BC%D0%B5%D0%BD%D0%B8_%D0%90._%D0%9A%D0%B0%D1%81%D1%82%D0%B5%D0%B5%D0%B2%D0%B0

(こちらwikiにははロシア語とカザフ語、ドイツ語しかありません)

ソビエト時代の絵画や彫刻、工芸品、カザフスタンの現代アートを展示しており、美術の歴史的研究や教育などもこちらにて行われているようです。

設計はE. Kuznetsova, O. Naumova and B. Novikovの3人の建築家によるもので、  E. Kuznetsovaは女性建築家でその当時のシティー・アーキテクトだと思います。(知人の建築家が言っていた名前と違いますがこちらが正しいと思います)。

以前はカザフスタン共和国州立美術館という名称だったようですが、1984年にカザフスタンを代表する芸術家Abylkhan Kasteevを取って現在の名称になったようです。

左手がAbylkhan Kasteevの銅像。

外観の大きな特徴として、斜めに突き出た小さなスリット群と、ぐーっと伸びたモノリス状の庇が目を引きます。

特に道路側の壁側には スリット上の壁が全体にわたって連続しています。

1階が連続するガラス窓、2階3階がアラル海で採掘された石によって構成されており、こちらでよく見られる重いボリュームが浮いたような印象です。

(Googleからのmap)

道路側にスリットが連続しているのが分かります。エントランスは道路から一歩入った西側にあり、 そこにあのモノリス状の庇があります。

中庭もありますが、八束氏がギンスブルグの旧アルマティ行政庁舎(以前少し紹介したもの)の中庭について、イスラム的な表現と 解釈していましたが、この中庭もそれに準した物でしょうか。もちろん採光を取るためでもあるでしょう。

展示室は南側、東西面に配置されていますが、このスリットによる突起物が展示を邪魔しないのでしょうか?

オフィシャルサイトから展示室の模様が見れます。

http://www.gmirk.kz/virt/

回転する建物にカーソルを載せると、展示室の案内が出てきますので、それをクリックすると出てきます。

例えば http://www.gmirk.kz/virt/03.html

トップライトによる間接光と、スリットからの外光(南側に向いていないので直接光は入ってこない)が 入り混じっていますが、実際どういう感じで見えるのでしょうかか?

こちらのサイトに展示物の紹介があります(英語)

http://www.kazakhstanlive.com/7.aspx?sr=5

 

こちら入り口を入った所ですが、1年ほど前から行われた改修の後であり、天井のカザフパターンはその改修後の取り付けられたと思います。

3つの銅像が何を意味しているのかはちょっと分かりません。

 

建物中央にトップライトを兼ねた大きなガラスのピラミッドがあるのが分かると思います。

3年ほど前、こちらにて日本文化祭が行われまして、その際2階に上がったのですが、全く覚えていないです。。。

 

さてこのピラミッド、磯崎新のロスアンジェルス現代美術館(MOCA)が1986年、 I.M.ペイのルーブル美術館が1989年 ですが、

 

1976年というとそれらよりもピラミッドの形態使用に関してかなり早いです。

同年代にピラミッドを使用した建築は私は知らないのですが、他にあったのでしょうか?

 

ちなみに私が写真を撮ったのはちょうど改修が行われ始めたときでした(庇はすでに改修後)。

外壁の石も違う石が使用され、つるんとした表情になっています(wikiの写真が改修後)。

以前のアラル海の石の持つ荒々しい表情が好きだったのですが、少し残念です。

新年明けましておめでとうございます。

こちらアルマティは日中は4度と異常に暖かく、非常に過ごしやすい新年となりました。

友人たちと高層マンションの20階のペントハウスにてパーティーに参加していたのですが、

年を越した瞬間、街のあちこちで花火が上がり、なんとも壮大 な祝祭でした。

日本だと消防法で不可能だと思います。

 

さて久しぶりにカザフの建築について書きたいと思います。

いつものようにふと街を歩いていて、ブロックを曲がると、おぉっと見つけました。

おそらく80年代から90年代と思います。

矩形のボリュームに曲線のバルコニーが張り付いている、ある種典型的といえば典型的ですが、

バルコニーが曲線系なのとボリュームの巨大さが、更なる迫力を醸し出しています。

なぜビックリしたかと言うと、自分がこちらで設計した住宅(実現せず)を髣髴させたからです。

2つのボリュームを曲線のバルコニーで連結させたものですが、もちろんこちらにある建築の流れに乗っ取っています。

ちなみに上の2つの建物は連結されていません 。ただし配置が並列ではなく若干ずれています。

この建物はドスティック通りから1本入ったところにあるのですが、すぐ近くにこのような建物もあります。

この建物は以前紹介したシリンダーを張り付けた建物と先の建物の間にあるのですが、

おそらくコンテクストを考慮しながら設計したのではないかと思います。

ただしどの設計事務所が設計したのかは分かりません。

しかしこのドスティック通りには以前紹介したKazgorの設計よる建物が数多くあります。

写真はネットから。こうやって見ると分かりやすいです。写真中央に出ている建物が最初に紹介したもの。

このような建物(集合住宅 1975年竣工)がずっと通り沿いに並んでいるわけですが、

(1階と基礎部分は現場打ちコンクリートで2階以上はプレキャスト)

それらの間に通称 three giant と呼ばれる集合住宅があります。(同じくKazgor設計 1975年竣工)

最初に紹介した2棟の建物は、これを延長させたもののように感じます。(ただしこれは連結されている)

 

この当時、KazgorにはRipinsky が在籍していたと思います。

(あの Palace of  Reopublic (1970)の主任建築家も彼)

彼については個人的にまだ良く分かっていません。ただモスクワから帰ってきた彼は、

Almaty hotel(1964年竣工)を手がけます。

アルマティにおいて初めてボリュームにバルコニーのボリュームが張り付いた建築だと思います。

これはマレーヴィチのアーキテクトンの流れを汲むものではないかと個人的に思っています。

 

ここ最近、ブログにアクセスできたり出来なかったりで、困っています。

今回紹介するのは、アルマティを代表する建築といっても差し支えないでしょう。

The Palace of the Republic 「リパブリック・パレス」(共和国宮殿)(1970)

3000人が収容できるホールを持つアルマティで一番大きなホールで、ここで大規模なコンサートや映画祭など様々なもイベントが行われます。

私もコンサートなどで何回か訪れました。

独立以前はレーニン宮殿と呼ばれていたようです。

メインストリートであるアバイ通りとドスティック通りの交差点にあり、アバイ広場を擁する最も主要な場所の立地しています。

アバイとはカザフスタンを代表する19世紀後半の詩人で、上の写真の銅像はそのアバイです。

こちらで広場からのパノラマ映像が見られます。

http://www.360globe.net/kazakhstan/almaty/the-palace-of-the-republic.html

設計はKazgorですが、カザフスタンを代表する建築家、リピンスキーが関わっています。

彼はモスクワで学んだ後、カザフスタンで仕事を始めたようですが、あまり詳しいことは分かりません。

彼のモノグラフがありまして、何回か読んだことがあります。詳しい事が分かれば、彼のことについて紹介したいと思います。

以前紹介した子供宮殿の設計に関わったキムという建築家も関わっていたようですが、子供宮殿はKazgorの設計ではありませんので、この辺の経緯は分かりません。

https://axelshockie.wordpress.com/2010/07/05/%e5%ad%90%e4%be%9b%e5%ae%ae%e6%ae%bf-republican-palace-of-young-pioneers/

 

 

 

 

 

 

(写真は子供宮殿)

この共和国宮殿は、デザインレベルと建設レベルは非常に高く、さすが国家プロジェクトといった様相です。

完全なるロシアンモダニズムに金の装飾が施された屋根が載るデザインですが、カザフスタンにおけるロシアンモダニズムの建築はこれが初めてだと思います。

しかしこの国においてだけでなく旧ソ連圏内では金色が良く使われます。

ロシア正教のモスクにおいて、金色が多いので、その辺から来ているんではないでしょうか?

両サイドの構成が素晴らしく、ボリュームの組み合わせのバランスがとても良いですね。

写真でも分かるように、外部からいったん階段を上がって内部に入るのですが、屋根のそり上げ方と、2階バルコニーへの階段が、調和をなした構成となっています。

こちらは裏側になりますが、前面とは少し違えて、アルミの縦ルーバーを施しています。

しかし施工精度は現在よりものすごく丁寧です。最近の建物の施工はひどく、外壁にアルカボンド(アルミパネル)を使用したものが多いのですが、精度が悪すぎてぼろぼろにしか見えないものが殆どです。

 

 

実は「ロシア建築案内」にて非常によく似た建物を発見しました。

どの地域か忘れましたが、現在もロシアにあります。あまりのそっくりさにビックリしましたが、建設は1980年以降で、アルマティのものよりも遅く、デザインも格段に違います。

 

現在共和国宮殿は改修が行われており、屋根や中のホール、外壁や新しいガラスを取り入れているようです。

ここ最近、美術館や(まだ未紹介)、幾つかの公共建築が改修されていますが、外壁に元の石を使わず、磨きの大理石に変更などしていたりして、個人的に非常にがっかりしています。

この共和国宮殿もそうなるのかと思うと非常に残念ですね。

そういえばこの国でよく使われている薄ピンク色のアラル海で取れる石について未紹介でした。

後日取り上げたいと思います。

以前のブログで「ハーフシリンダーの建築」というタイトルで書きましたが、

今回はシリンダーの建築を紹介したいと思います。

シリンダーで有名なのがやはり構成主義の建築家、メーリニコフの自邸(モスクワ 1927)ですね。建築史に残る傑作です。

http://www.archdaily.com/151567/ad-classics-melnikov-house-konstantin-melnikov

自邸だけでなく、シリンダーを使った建築を幾つか残しています。

ブレヴェーストニク工場付属クラブ(モスクワ 1929)

 

こちらは複数の同一系シリンダーを組み合わせて作られていますが、シリンダーが増殖していくかのような案もあります。

ズーエフクラブコンペ案(1927、1等案は有名なあのゴロゾフの案)

写真はネットより、誰かがCG化したもの(右側がゴロゾフの実現案)

 

アルマティにもシリンダーを使った建築があります。どちらかといえば比較的新しいものが多いです。

こちらは結婚式場で、純粋に大小のシリンダーを2つ組み合わせたものです(1972年竣工で、設計者は分からず)

 

こちらは、実際にはシリンダーではなく、矩形にシリンダーを組み合わせたものですが、ここ10年以内に出来たものです。

 

これらのデザインが、メーリニコフなどを意識したものかは分かりません。

wikiのロシア建築を見てみると、ポストモダン時代に、構成主義を模したものが現れたそうですが、この流れでしょうか?

しかし注目したい点がありまして、1920年代後半から30年代にかけて、ラドフスキーの弟子であったカルミコフ

(八束はじめ氏の「ロシアアヴァンギャルド建築」においては、ウラジミール・カルミコフと書かれていますが、おそらくビクトール・カルミコフの間違いでしょう。ウラジミールでは検索で一切出てきませんが、ビクトールだと私が買った一連の本でもその名前で出てきます。)

が、1920年代後半から30年代前半に、キルギス地方の遊牧民のための住居タイプのデザインを提案していますが(実はキルギスで無く、カザフスタンではないかと思っています。というのも八束氏の本ではキルギスとありますが、私の持っている「Architecture of the Soviet Kazakhstan」にそっくりのプランが掲載されています。ただ残念ながら誰の設計とは記載されていない)。

残念ながらネット画像は無いのですが、これが実にメーリニコフの住宅を明らかに参照しています。

 

彼だけでなく、同じくラドフスキ-の門下生であった、クルチコフやコチャールらも円筒形住宅を提案しています。

(ただしこれらは大学でのものですが、メーリニコフのプロジェクトを想起させるものもあります)

 

クルチコフは、かなり変わったものを1920年代後半に提案しています。

http://www.kmtspace.com/krutikov.htm

 

個人的にはメタボリズムをかなり想起させるのですが、このユニット的なカプセル概念は、もちろんギンスブルグはナルコムフィンにおいてユニット形式の建築を提案していますから(ナルコムフィンはコルビジェのユニテ・ダビタシオンに影響を与えたといわれている)、これらのユニット概念はその延長上にあるものですが、中央アジアにおいては、遊牧民のユルタに通じるものがあります。

 

クルチコフはどちらかというと科学技術的な夢想性が見られますが、中央アジア出身のカルミコフにおいては、遊牧民の生活習慣に合わせたものを提案したのでしょう。

 

少し話がずれましたが、中央アジアにおける円筒形のデザインの変遷は、やはりカルミコフ的なデザインの流れだといえるでしょう。

カザフスタンではソビエトからの独立後、いかにしてカザフ人のアイデンティティを確立するかという命題が多少なりともあって、ユルタ的、イスラム的なものをどう反映するかが大きなテーマともいえます。

現代のシリンダーの建築は、それらを反映したものではないでしょうか?

ただしプラン上においては、円形を用いるのは機能上なかなか難しいでしょう。外観に張り付けるものが多いのではないでしょうか。

その流れにあるのがこの集合住宅でしょう。平面的に流れていきながら円筒形のボリュームを連続的に張り合わせています。

 

ちなみに2年ほど前、とある知人の家のデザインをしたのですが、もちろんこの流れを意識しました。(残念ながら実現せず)

後から気づいたのですが、切断手法など、メーリニコフ邸とそっくりだなと思いました。。。

House Officers

House Officers(将校の住宅)、(正式名称はちょっと違います)。

現在は、他の用途として使われているようです。

1978年竣工で、設計はKzgorです。彼らのwebsiteにも記載されています。

Yeralievと言う建築家がデザインしたようですが、知人の話によるとKazgorのチーフアーキテクトのようです。

持っている本によると、その上にYu. Ratushnuiという人がいますが、おそらくその当時のKazgorの代表者ではないでしょうか(あくまで推測)。

Architecture of the Sovietによると、シアターのようなものが図面にあるのですが、実際にはありません。

計画段階ではあったのでしょうが、おそらく中に組み込まれたのかもしれません。

パンフィロフ公園内にあるのですが、この公園は正式名称をПарк 28 гвардейцев-панфиловцев(Park 28 guardsmen Panfilov)と言って、第2次世界大戦中にカザフスタンを守った28人の戦士を奉った記念公園です。

写真はGoogl Mapから

ロシア正教の教会があり、28人の戦士を祭ったモニュメントがあり、そしてOfficers Houseがあります。

ちなみにこの教会、1908年に作られたものですが、100年ほど前の大地震でも倒壊しなかったそうです。

釘が1本も使われていないと言う話ですが、実は使われているとも聞きました。

 

さて話を元に戻すと、最初この建物を見たとき、以前紹介したChildren Palaceと同じ設計者ではないかと思ったのですが、違いました。

 

というのも、同じようにジャイアントオーダーのような壁柱、水平に連なる腰壁、それらがレイヤーとなって重ねあわされているからです。

そして水平にのびて連結していく外部廊下。似たようなスタイルです。

機能のせいか、こちらの方がより威圧的ですね。垂直方向がより強調されており、ソビエト圏内によく見られる、これまた垂直性を強調した重たいボリュームがどんと載せられています。

大きな壁柱が足になって今にも動いていくかのようです。

地図で分かるように真っ直ぐではなく、少し曲がっています。

写真が無いので分かりにくいでしょうが、この曲がった先の上のボリュームの妻側は、反対側と比べて、細長い開口部の数が少ないです。意図的でしょうか?それとも敷地や機能上によるものでしょうか?

 

個人的にはアルマティの建築の中でも好きなものの1つですが、ロシア構成主義、そしてソビエト時代に見られるような典型的に長い構築物です。

やはりソビエト時代を髣髴させるようです。

以下のサイトに多くの写真がありますのでどうぞ。(ただしロシア語です)

http://gadkaya-mau.livejournal.com/44258.html

また1ヶ月ぶりの更新です。

まったくブログを書けずにすいません。

こちらは4日ほど前から雪が降り積もり、ホワイトクリスマスになりました。

写真は屋外スケート場としては、最も大会標高にある、メデオ

この建築も、ソビエト時代に建てられたもので、去年冬季アジア大会の関係で改修されました。

今日、ネットで「Architecture of the Soviet Uzbekistan」を注文しました。

非常に楽しみです。

ほかにもアルマティ市内の建物を空撮した写真集なども買いました。

さすがにスキャンして載せることはできませんが、構成などより分かるようになりました。

来年もアルマティ市を中心とした建築を紹介したいと思っています。

来年も宜しくお願いします。

ものすごい久しぶりのブログです。
先月、出張でアスタナに2週間ほど行ってきました。
超目玉は、ノーマン・フォスター事務所による、Khan Shatyry 巨大なショッピングモールです。
最初の計画では、高級住宅なども入っていましたが、クライシスにより規模が縮小されました。
アスタナは真冬はマイナス40度にもなるため、屋根は2重膜になっており、その中に空気を送り込んでいます。
写真から、膜材の鉄骨の下に細いエアーダクトが見えると思います。
イニシャルコストもランニングコストもすごいかかるでしょう。
屋上にはVIP用の、オールシーズン使用可の人工ビーチがあります。
現在の日本だと金額的に無理なような気がします。
ほかにも、彼の事務所は、ピラミッドを手がけています。
ここ最近、SOMによるスタジアム(完成)や、BIGによる、ナショナル・ライブラリーなど、国家プロジェクトがコンペにて行われていて完成予定です。
スタジアム
ナショナル・ライブラリー
 (写真はネットより)
後のアスタナ市内の写真はアルバムをどうぞ。
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