Category: カザフスタン


先日、アルマティの建築家セルゲイ・マルテミヤノフにインタビューをしてきました。

こちらの建築大学を訪れていたところその場にいた教授が突然彼に電話をかけまして急遽後日に会うことになりました。

IMG_0538

彼はアルマティの建築家組合の代表も務めておりまして、

非常にエネルギッシュな方でして、ものすごいスピードで自らのプロジェクトを次々と解説していきまして少し圧倒されました(笑

建築家とは元来エネルギッシュですけどね。

 

上の写真のプロジェクトは音楽学校で1986年完成。設計は1976年に始まったようです。

いくつか彼のプロジェクトを見せてもらったのですが、以前紹介した集合住宅が出てきました。彼の設計によるものでした。

IMG_0542 IMG_4573

 

過去から現在までのプロジェクトの説明が終わった後、彼が設計した建物の見学に行きました。

まずは代表的な作品であります音楽学校。

以前訪れた際は敷地内に入れず外から写真を撮ったのですが、学校の先生が出てきまして少し説明をしてくれまして、その時に設計者の名前を教えてもらいました。

それがセルゲイ・マルテミヤノフでした。

IMG_0550

IMG_0554

中心のキャンティレバーの大屋根が非常に特徴的で反対側まで貫いています。

この大屋根の両側にアシンメトリーに諸機能を配置しています。

天井に貼っているのは薄いコンクリートのパネルです。

最初は木材に白でペイントしたものかと思っていました。

この天井がダブルのガラスのカーテンウォールの内部までそのまま貫入しています。

 

中に入らせてもらい彼にいろいろ説明をしてもらいました。

カーテンウォールの内部は吹き抜けのエントランスホールで、奥の2階部分が講堂となっています。

その講堂の天井部分も同じ白いコンクリートパネルの天井材で構成されています。

IMG_0568

ガラスのカーテンウォールの右側部分に入り口用のボックスが挿入されています。

左側は2階に登っていく階段部分の踊り場で外部に突き出しています。

内部から見ると非常に開放的な吹き抜け空間で、外部と内部がガラスを通じて相互に貫入しています。

外部から内部、そして建物の反対側の奥までを貫く同じ材で成したボールト状の天井の元、極めて流動的で透明な空間が形成されています。

この開放的な吹き抜け部分に接する2階の講堂部分の廊下はサイドの建物とそのまま連結されており、吹き抜けを中心とした明快で流動的な動線となっています。

吹き抜けがが北側に向いているのですが、敷地が道路の南側ですのでそのような配置計画になったのでしょう。南側でしたら2階からの景観も素晴らしかったのかもしれませんが、その代わり夏に日射が厳しかったのかもしれません。

私の知る限りですが、おそらくアルマティで初めてガラスによる外部・内部空間の相互貫入性が実現された建築ではないかと思います。

建物の構成といい空間といい非常に素晴らしい建築でした。

ちなみに学校の先生(か校長先生)は私のことを覚えていたようで、彼は以前も来たわよと言っていたようでした。

よく覚えていますね(笑

 

その後、スポーツ学校を訪れました。1981年に竣工。

この建物は以前からちょくちょく見ていました。

IMG_0569

IMG_0570

陸上競技用のトラックやプール、飛び込み台が中に作られています。

水平に連続していくガラスの開口部が美しいですね。

石の部分とガラスの部分の取り合いのディテールが綺麗で、巧みに分節化することによって素材の違いをうまく表現していると思います。

ダブルのガラス部分が壁の部分から切り離されて、何と言いましょうか、後からはめ込んだような表現になっています。

てっきりアルミサッシュと思っていたのですが、彼によるとスティールだそうです。

アルミはその当時非常に高価で使用できなかったと言っていました。

スティールサッシュにしては厚みも薄く非常に軽やかに感じます。

ガラスやバルコニーのエッジの部分を90度ではなく、角度をつけて納めています。

非常に滑らかな印象を与えます。

 

IMG_2496

プール棟の部分ですが、屋根が一段と角度をつけて伸びています。

彼によると最初はそのままの勾配でデザインを進めていたようですが、他の設計師の意見を取りいれて、このようになったようです。よりダイナミックになっていますね。

全体的にディテールが非常にきれいな建築だと思います。

 

先の集合住宅もそうですが、セルゲイ・マルテミヤノフの建築表現として、オブジェクトをはめ込む、もしくは挿入するといったような操作が見受けられます。

立面図を見るとそれがより一層明確に見えてきます、

これがカザフスタンのモダニズム期の建築においてどのような意味を果たしたのかは分かりません。

ただ先の音楽学校のガラスのカーテンウォールで囲まれた吹き抜けの開放的で流動的な空間は当時非常に画期的であったと思います。

広告

新年明けましておめでとうございます。

本年も宜しくお願いします。

沖縄滞在中にいつものように沖縄の建築に関する記事を書こうと思っていたのですが、

結局できませんでした。

 

今回紹介するのはアルマティのシンボルと言っても差し支えないでしょう。

ホテル・カザフスタンです。

DSC00859

設計は以前にも出てきました、ユーリ・ラトゥシュニー、ウフボトフ、アンチュゴフ、カシュタノフ。

竣工は1977年です。

ホテル・カザフスタンという名のホテル(1960年竣工で初期のモダニズム建築)が以前から存在していて、このホテルがその名を踏襲し、以前のホテルは「ゼティス・ホテル」と名称が変更されました。

ドスティック通り(旧レーニン通り)に沿って、以前紹介した共和国宮殿政治教育舎の隣に立地し、アバイ広場を中心とした建築群を構成しています。

DSC02835

(写真はコクトべから。改修前の共和国宮殿が見えます。)

 

2層の低層棟部分(バンケットホールなど)と高さ102mの25階建ての高層棟(ホテル部分)で構成されています。

2007年まではアルマティで最も高い建築でした。

当時地震に対してどのように施工するかかなり考慮したようで、現場打ちコンクリートによる施工、

楕円形を模した形状に階段室や各部屋の壁を耐震壁とした両端コアシステムが初めて導入されたようです。

IMG_2518

屋上の王冠のような部分は最初の設計時にはなかったようです。

というのもエレベーターの屋上機械室の配置がシンメトリーではなく、外観に予想以上の影響を与えたため急遽このような王冠を載せることになったようです。

頂上部の王冠によって、背景の山々と呼応し溶け込んでいきます( この写真の方向からは山は見えませんが)。

DSC02691

低層部のデザインを見ると分かりますが、それらに呼応させているのが分かります。

IMG_0449

IMG_0442

1階エントラン部分の両サイドに低層棟のバルコニーが曲線を描いて巻き付いています。

石を細長く縦貼りで貼り付けています。

 

IMG_0446

ホテル棟のファサード部分に注目すると、居室部分の壁がジグザグになっており、南側(山側)に窓が設けられ室内からの眺望を考慮しています。

居室部分のファサードには、楕円曲面上に垂直・水平方向のグリッドラインを強調するかのように、

アルミによる水平ルーバーと細長いアルミパネルが使用されています。

この繊細さを表現したことによって圧倒的なボリュームが消え去り、軽やかな印象を与えています。

こちらのジャーナリストが設計に従事した建築家(当時は若手)にインタビューをした記事がありまして、

それによると設計者は当時コルビジェに触発されたようですが、このホテルの設計にあたっては、日本の丹下健三の影響がかなりあったようです。

どの建築から影響を受けたのかは分かりませんが、個人的にはおそらく旧東京都庁舎ではないかと推測しています。

以前こちらの建築家アルマス・オルダバエフにインタビューした際、

丹下の影響について少し語っていたのですが、

どのような影響だったのかまたどの建築が具体的に受けたのかまでは分かりませんでした。

今回ようやく一つ、そしてアルマティの代表的な建築が日本の丹下健三からの影響を具体的に受けていたことが発見できました。

 

1979年にこの建築は共和国の重要記念碑として登録されます。

1980年には技術者を含む設計チームにカザフスタンソビエト共和国のバリハノフ国家賞が贈られました。

ソビエト時代のポストカードを含むアルマティの写真を見ると、必ずと言っていいほどこのホテル・カザフスタンが出てきます。

サーカスや共和国宮殿同様もしくはそれら以上にアルマティを代表する建築であり続けるでしょう。

 

 

 

カザフスタンの首都アスタナにて6月10日から9月10日まで万博が行われています。

中央アジアで初めての万博であり、テーマは「Future Energy」。

https://expo2017astana.com/

 

万博のマスタープランのコンペも2013年に行われまして、ザハの事務所やコープ・ヒンメルブラウ、

日本からは磯崎新事務所も参加していましたが、

1等はアメリカのAdrian Smith + Gordon Gill Architectureの案が選ばれました。

http://www.archdaily.com/420867/top-firms-compete-to-design-kazakhstan-s-world-expo-in-2017

https://archi.ru/world/51417/tochka-promyshlennogo-perevorota

都市軸、被膜・仮面性など磯崎さんらしい提案でしたが残念ながら3位でした。

ちなみにこのコンペはとある建築専門のサイトからオートキャドの戯れかと少し揶揄されていました。

 

さて、アスタナアートフェストに招待されているついでに万博に訪れてきました。

後日、日本から構造設計者である友人がアスタナを訪れ一緒に行ってきました。

IMG_8077

中央にそびえる球体が非常に目立ちますね。ちなみにカザフスタンパビリオンです。

IMG_8078

IMG_8080

球体の周辺に施設を配し、皿のその円周上に各パビリオンを配しています。

IMG_8081

パビリオンのゾーンは各エリアに分かれています。

訪れましたパビリオンをざっと紹介したいと思います。

 

イングランド館。

最も印象に残ったパビリオンでした。

建築家のアシフ・カーンが設計したもので、カザフスタンの伝統的な住居ユルタをモチーフとしたものです。

透明なポリカーボネイト(館内の人によると)に触れますと反応して光を発します。

センサーに反応して下から光が反射されます。

IMG_8096

IMG_8103

IMG_8104

ユルタの周辺の円周上にスクリーンを配し、地球上の悠久の大地を映像として流しています。

ちなみに館内に流れる音楽を担当したのはブライアン・イーノ。

もうこの組み合わせだけで最高です。空間デザインとしては一番良かったですね。

コンセプトが若干私のアスタナアートフェストに出品したインスタレーションと似ていますね。

 

ギリシャ館。

エーゲ海を見立てた空間構成となっています。

IMG_8107

IMG_8109

 

ラトビア館。

IMG_8114

 

ヨルダン館。

IMG_8123

 

ベラルーシ館。

ちなみに後日再度ここを訪れた際に民族衣装のようなデザイナーによるシャツを購入しました。

着る機会があるでしょうか。

IMG_8141

 

トルクメニスタン館。

IMG_8144

中にユルタが展示されています。カザフスタンのものと若干異なりますね。

IMG_8145

IMG_8146

 

ウズベキスタン館。

この3次元曲面をどのような材料で作っているのだろうと思い近寄ってみたら膜材でした。

IMG_8148

 

ジョージア館。

館内でやっぱりジョージアワインを販売していました。

IMG_8151

 

フィンランド館。

何となくですが、アルバ・アールトのニューヨーク万博のフィンランド館(1939年)を思い出しました。

IMG_8163

 

リトアニア館。

イギリス館に次いで空間的に面白かったです。

直線的な回路のような発光体がランダムに放射していくのですが、サイバー的な空間でした。

IMG_8165

 

スロバキア館。

IMG_8170

スロバキアの現代芸術家によるリサイクルのインスタレーション。

他のパビリオンと違い、おそらくここだけ芸術家による作品が展示されていました。

IMG_8169

 

先にも述べましたように、後日再び万博を訪れました。

最初訪れたときはカザフスタンパビリオンは3時間待ちと言われ断念。

今回朝早くから友人とカザフスタンパビリオンに行ってきました。

IMG_8162

 

1階内部。

IMG_8886

ユルタを模したシェル構造の建物の内部。

カザフスタンに伝わる民話で、古代遊牧民の宇宙発生論を表しています。

幸福を呼ぶ魔法の鳥と神話的な生命の樹に関するもので、

幸福を運ぶサムルグと呼ばれる鳥がポプラの2本の枝に卵を産み落とすというものです。

バイテレクタワーはこれをもとにデザインされています。

IMG_8890

 

球体は8層になっていまして、1階からエレベーターで最上階に向かい、

そこから降下していく展示方法です。一部吹き抜けになっています。

IMG_8898

 

最上階上部の展示物。その上部は風力発電機が取り付けられています。

IMG_8907

 

上部吹き抜け部分に突き出たガラスの渡り廊下。

私は怖くて渡りませんでした(笑

IMG_8912

 

各階の展示の様子。

IMG_8905

IMG_8915

IMG_8916

IMG_8924

IMG_8926

 

そこから1階に降りていきますと、写真を撮ってクラウド上に反映されるインスタレーション。

IMG_8931

 

カザフスタンパビリオンを出まして、オランダ館。中には入っていませんが、

何となくモンドリアンっぽいですね。

IMG_8934

 

モナコ館。

床に映し出されたLED照明が、可動式のさざ波のようにうねる鏡に反射しています。

かなり人気の高いパビリオンです。

IMG_8936

 

ドイツ館。

IMG_8941

IMG_8944

 

スイス館。

IMG_8947

 

オーストリア館。

自転車をこいで電気を発生させたり、非常に体感的で、子供に大人気でした。

IMG_8948

 

ベトナム館のエントランス。

IMG_8952

 

トルコ館。

IMG_8954

 

アゼルバイジャン館。

IMG_8958

 

日本館やアメリカ館、ロシア館など先進国のパビリオンも訪れましたが、

総体して現在・未来のエネルギー政策を巨大なスクリーンで映像で説明しているものが殆どでした。

後進国はどちらかというと自国の文化を表現しているものが多かったですね。

アフリカ館は各国のブースが設置されていましたが、物品販売の方が大盛況でバザールかといったような様相でした。

やっぱり建築屋としては空間展示の方に興味が行きますね。

こちらのサイトに全部ではないですがいくつかのパビリオンが紹介されています。

https://www.dezeen.com/2017/06/20/pavilions-astana-expo-2017-photography-paul-raftery-kazakhstan/

 

オープンスペースのパブリックアート。

IMG_8085

 

なんとなくトビリシの平和橋を想起させますが、設計は同じイタリアの建築家かもしれません。

IMG_8092

IMG_8143

 

知人のカザフ人建築家、サケン・ナリノフ氏によるインスタレーション。

IMG_8161

 

IMG_8159

 

敷地内に併設されたシルク・ド・ソレイユ館

IMG_8157

 

鋼管を外壁に張り付けた施設。

OMAのディー・アンド・チャールズ・ワイリー・シアターを想起させますね。

IMG_8158

 

屋外イベント施設。こちらで各国のナショナル・デーとしてイベントが行われます。

IMG_8088

 

屋外オープンスペースの飲食・休憩スペース。

館内のレストランよりもこちらの方で多くの人が飲食をしていました。

ローカルの人にとってレストランの値段はかなり高いですから。

IMG_8089

こうやって見ていくとまだまだな個所もありますがカザフスタンもかなり建設技術が上がったなと思います。

デザイン・意匠も以前よりもかなり洗練されてきたと思います。

万博によってアスタナの都市計画、特に交通計画が以前よりもかなり良くなっています。

後は一般市民の意識の問題でしょうか。

しかしここを訪れた子供たちはどのような印象を持ったのでしょうか。

特に地方から訪れた子供にとって万博は今まで体験したことのないような正しく夢のようなものなのかもしれません。

我々の未来はやはり子供の手に委ねられているという印象を持ちました。

カザフスタンの首都アスタナ市で行われていますアスタナ・アート・フェストに参加してきました。

https://artfest.kz/

今年で3回目になります。
私の2作品が展示されていますので、組織委員会の招待により行ってきました。
ちなみに上記の動画は昨年の物です。

 

“Reflection of Yurta”

こちらは提案時の画像です。
Yurta art for Astana 5211

実現したインスタレーション。

IMG_7926 IMG_8177

IMG_7944 IMG_7951

実際の図面と若干異なりますが、コンセプトが如実に表現されていますので、

これはこれで良しとします。実際の解説文も私が送ったものと若干異なり、

委員会の方で修正しています。話を聞くと私の解説文が一般客にとって若干難しく

少し分かりやすく修正したようです(笑

 

2つ目は、”The Shells of Yurta”

こちらはキオスクとして提案したものです。当初の案はこれよりも少し規模が大きく、

若干縮小して実現されました。正直に言うとこれはコストもかかり選ばれないだろうと思ったら予想に反して選ばれました(笑

New Yurta bus stop new 5721 final

New Yurta bus stop new concept-1 New Yurta bus stop new eyelevel-5

こちらが実現したものです。

IMG_8218 IMG_8220

IMG_8203 IMG_7894

見てわかりますように、提案した図面とかなり違います(笑

ダブルのDPGは正直無理だろうと思ったので、それは予想通りでしたが、

パンチングメタルやアルカボンド、透明なビニールは鉄骨にそのまま接合されています。。

パンチングメタルも3種類を適用したのですが、実現されたものは1種類でした。

ちなみにキオスクとして提案したのですが、委員会がこれはバス停に最適だといって、

メディアも、日本人建築家が伝統的な家屋であるユルタの形式を用いてバス停を提案した、と伝えています(笑

ちなみにメディアではこちらの方が紹介されていました。

1番目の方はメディアでの紹介が全くなかったですね。そちらの方がメインの提案だったのですが(笑

 

さて、数多くのアート作品が展示されています。一つ一つ写真を掲載していきます。

私の知人のアーティストも何人か参加しています。

IMG_7853 IMG_7857

IMG_7858 IMG_7860

IMG_7861 IMG_7862

IMG_7863 IMG_7895

IMG_7898 IMG_7900

IMG_7905 IMG_7907

 

こちらはメディアセンター。委員会の方々はこちらにいます。

IMG_7908

IMG_7909 IMG_7910

IMG_7913 IMG_7915

IMG_7956 IMG_7957

IMG_7967 IMG_7968

 

通りの向こうにそびえるのが、アスタナを象徴しますバイテレックタワー。

IMG_7970

IMG_7971 IMG_7973

 

こちらはロシアのアーティスト、ニコライ・ポリスキーのインスタレーションです。

彼は日本でも展示を行ったようです。

IMG_7977

IMG_7979 IMG_7986

 

フェスティバルにおいて、私が最も好きな作品。カザフ人アーティストによるものです。

極めて批評的な作品と言えるでしょう。

IMG_7987

IMG_7992

IMG_7999 IMG_8191

IMG_8002 IMG_8009

IMG_8047 IMG_8063

IMG_8065 IMG_8183

IMG_8185

IMG_8230 IMG_8232

IMG_8243

 

フェスティバルでは、アート作品の展示だけでなく、パフォーマンス、ライブミュージック、

アートフォーラムなど、数々のプログラムがあります。私も2日間にわたってフォーラムに参加してきました。

パフォーマンスは夜行われたようですが、連日の猛暑でへとへとになり、

夜はホテルに帰っていましたので残念ながら見ることはできませんでした。

IMG_8233

IMG_8234

 

アートフォーラムの様子。数々のアーティストやキュレーターが講演を行い

討論を重ねていきます。

IMG_8228

IMG_8057

 

こちらは、席を円形に囲んでの討論会。テーマは現在におけるノマディズムについて。

私も建築的観点から少しばかり意見を述べました。

IMG_8236

 

8日にすべてのプログラムが終了しまして、その日の夜アフターパーティーが行われました。

そこで数々のアーティストやキュレーターの方々と交流することが出来ました。

5日間の滞在でしたが、非常に意義のある滞在でした。

また来年参加できるのなら参加したいですね。

ブログを始めてから初めてバス停を紹介します。

とは言いつつあまり写真を撮っていないのですが。。

 

Christopher Herwigという( おそらくカナダ人だと思うのですが)写真家が旧ソ連圏の国々を旅し、

ソビエト時代のバス停の写真集「Soviet Bus Stops]という本をを2015年に出版しました。

 

http://herwigphoto.com/soviet-bus-stops/

 

 

これがかなり好評のようで、その本が出版されて以降、ロシア系のSNSで旧ソ連圏の様々なバス停の写真が投稿されています。

 

さて、アルマティのバス停です。

ソビエト時代は交通機関はもちろん公共ですので、個人の自動車所有が殆どなくバスが殆どを占めていたわけです。

そこで建築家が、様々なバス停のデザインを行ったようです。

 

2009年に初めて見たバス停。

DSC06032

DSC06031

コンクリートパネルに、様々なタイプの石器タイルを散りばめています。

当時、非常に面白いなと思って写真を撮ったのですが、このようなタイプは市外のあちこちで見かけます。

しかし残念ながらこのバス停は現在すでに解体されていました。

 

IMG_4064

アルマティ湖に行く途中で見かけたバス停。

既に使われていませんが、山中には既に使用されなくなり、そのまま破棄されたバス停が数多く存在します。

 

DSC03735

市の中心部にあったバス停ですが、解体され既に存在してません。写真は2009年時です。ただこちらはソビエト時代からこのようなデザインのバス停だったのかは分かりません。おそらく独立後ではないかと思います。後ほど確認してみます。

 

私が見た中でもっともユニークなのがこちら。

IMG_7565

フランク・ロイド・ライトが1939年に設計したジョンソンワックス本社事務所棟の内部の柱を想起させますね。

このようなタイプのバス停のデザインは旧ソ連圏でいくつかみられると思います。

ロシア系のSNS上でもウクライナや他の国で似たようなデザインのバス停が掲載されています。

 
バス停の設計にはどのような設計機関が関わっていたのか分かりませんので、後ほど調べてみたいと思います。

しかし市内にはソビエト時代のバス停はほとんど残っておらず、多くがすでに解体されています。

先の写真家の写真も多くが郊外です。

郊外を車で通りがかった際にバス停を発見することが多く、写真を撮り逃す場合が殆どですので、なかなか写真が撮れませんが、撮れた際は随時更新したいと思います。

久しぶりの投稿です。

カザフスタンの建築家、アルマティの建築についてアルマス・オルダバエフ氏(1938年生)に、
2回に分けてインタビューを行いました。

彼は歴史家でもあり、こちらのイスラム建築についても研究を行っておりまして、

度々レクチャーも行っています。

ギンズブルグのアルマティ行政庁舎(現国立芸術アカデミー)から60年代、70年代、80年代のモダニズム建築について、インタビューを行いました。

IMG_6999

インタビューの中で一番驚いたのは、60年代当時アルマティの建築家の間で最も大きな影響を与えたのが、丹下健三だと言う事でした。ル・コルビジェと同等かもしくはそれ以上だという事です。

IMG_7001 IMG_7000

インタビューそのものは非常に貴重で、アルマティのモダニズム建築も含めて

何らかの形で日本で発表できればと考えています。

IMG_7381

新年明けましておめでとうございます。

本年も宜しくお願いします。

2013年にも投稿しました、「アルマティの特異な建築 Peculiar architecture in Almaty」の続編です。

アルマティの建築もこれまでかなり見てきたわけですが、

写真を撮ったにもかかわらず記事に挙げていないのもいくつかります。

そういったものも取り上げていきたいと思います。

タクシーに乗っていましたら偶然見つけまして、後から見に来ました。

img_4303

日本語で言うところの自動車運転手連合みたいな名前の建物です。

1986年に建設されたようです。

四角い箱に曲面の壁を貼り付けたような表現が非常に特徴的です。

img_4298

この曲面がもともと創建当時にあったのか、それとも後から取り付けられたのか分かりません。

数年前の写真を見ると窓がありません。あとから開けたようです。

せめて石を窓周りに貼りなおせばと思いますが。

知り合いの建築家に聞いたのですが、誰が設計したのか分からないとの事でした。

デザイン上から私は、以前紹介した子供宮殿の設計者じゃないかと思ったのですが、全く分かりません。

この表皮を剝がしたかのような、もしくは貼り付けたかのようなデザインは、アルマティで唯一でしょう。

ソビエト建築ではよく見られる手法ですが、代表的なものをあげると、

アルメニアの首都エレバンにあるチェスハウス(1970)があげられるでしょう。

https://en.wikipedia.org/wiki/Tigran_Petrosian_Chess_House

個人的にですが、コールハウスの「引き剥がす」といった初期の手法はこの辺りからきているような気がします。

こちらは、1938年にできた産科病院です。

img_5838-2

正面ファサードに面する通路部分でしょうか、

外部に面する大きな開口部の窓と、内部の窓の開口部の大きさが異なっています。

竣工が1938年ですのでレンガ造だと思うのですが、それにしてはファサードの開口部が非常に大きく

レンガだと支えきれないのではないかと思いますがどうなんでしょうか。

3つの大きな三角状のへこみがありますが、通路部分はどうなっているのでしょうか。

内部に入って一度見てみたいですね。

しかしスパン割としては同じだと思うのですが、内部と外部のこれらの開口部の大きさが異なることにより

外部から見るとファサードの像がずれて、妙な奥行き感を醸し出しています。

偶然の産物だと思うのですが、非常に面白いですね。

最後はこちら、1996年竣工のようで独立以後ですね。

img_2641

以前の記事「Brise-soleil architecture in Almaty」で紹介した

中央スーパーマーケット(1978年)に並行するように建てられています。

ちなみに2008年次はこのようになっていました。

dsc01032

上部部分はまだ増築中でした。

その後低層部に新たにガラスのカーテンウォールが挿入されています。

実際にはどの部分が1996年竣工なのか分かりませんが、特徴的なのがこの大きな庇です。

ジャン・ヌーベルのルツェルン文化会議センター(1999年)の庇のように真っ平らに見えるよう梁を工夫しています。

個人的にはベスニン兄弟のバクーのバイロフ・クラブ(1928)を想起させますね。

影響を受けているのか分かりませんが。

今回は特異というほどのものではないですが、アルマティで僕が知る限り唯一と呼べるデザインでした。

また何かしら見つけましたら投稿したいと思います。

新たに写真をとった建物や以前の未紹介の集合住宅を紹介したいと思います。

 

img_4138

バルコニー手摺部分に張り付けたコンクリートの格子のパネルが印象的です。

1977年竣工で、おそらくこのタイプの集合住宅はアルマティでここだけです。

面を貼り付けたような深みのない表現で非常にグラフィカルですね。

 

img_4387

上下にカザフパターンを伸ばしたパネルを張り付けたものです。

1987年竣工のようですが、おそらくこの集合住宅がカザフ的な要素を最も表現した建物だと思います。

おそらく階段室だと思いますが、そこにカザフパターンをファサードに配し

イスラム的な門型アーチのような表現を取っています。

 

img_4324

こちらは以前紹介したものですが、再投稿です。1982年竣工です。

階段室にカザフパターン、バルコニーにコンクリートパネルを張り付けた表現です。

フレーム状の形態は、ソビエト建築によくみられる表現ですね。

 

img_3328

こちらも門型フレームを配したものです。

 

img_4389

フレーム状にカザフパターンを配したものです。バルコニーも直角ではなく角度をつけています。

 

img_4314

1988年竣工のバルコニーに円形状の開口部を配したものです。

 

img_4502

こちらは歩いている最中偶然発見しました。中心に階段室を配し、角度をつけて両側に居室が並んでいますが、

平面の形態はT字状のようになっており、この写真の部分はTの上部の部分です。

私が知る限り、このような平面形式の建物はこれだけです。

竣工は1972年のようですが、定かではありません。

 

img_3371

初期のコンクリートパネルのような建物ですが、竣工は2002年のようですが定かではありません。

異なった装飾を施したパネルを階層ごとに用いています。

 

img_4059img_4057

こちらはビッグ・アルマティ湖に行く途中で発見しました。

年代は不明ですが、おそらく90年代以降かと思われます。

パターンを模した刷り込みによるコンクリートパネルが連続した己状のバルコニーが印象的です。

コンクリート上の刷り込みが赤い部分もあればない部分もあります。

どちらが元のデザインなのかちょっと分かりません。

窓周りにコンクリートのフレームを配していますが、細長い窓も含めて珍しいタイプです。

 

img_4466

アルマティのメイン道路の一つゴーゴル通りに面した建物です。

1975年竣工で設計はアルマティギプロゴル。

全体として非常にマッシブで、建物の正面中心部分のみバルコニーをさらに突き出させています。

 

img_4506

1990年竣工の建物です。独立の直前ですね。建築家の名前は手元に資料がなく今は分かりませんが、

彼はいくつかの集合住宅の設計を手掛けています。

バルコニーの頂部からアーチ状の付け柱部分を一番下のバルコニーまでかぶせるように伸ばしています。

全体として垂直方向を強調するようなデザインです。彼は他の集合住宅も似たような手法で設計しています。

 

img_4562img_4568

今回、初めてこのような縦ルーバーを全面に施した建物を発見しました。

隣国のビシュケクでは以前に見たことがあったのですが、アルマティでは見たことがなくおそらくないのだろうと思っていました。

しかし、100mほどの長いスパンにかけて縦ルーバーを施していると圧巻ですね。植栽であまり見えませんが。

ルーバーは上部のバルコニーの下の部分で止まっています。

竣工はおそらく1978年です。

img_4573

その集合住宅に連続して小さな交差路に対してカーブしながら直交して連続していく建物がこちらです。

竣工はおそらく1982年。特にこのカーブ部分が非常に特徴的です。

5階建てですが、4、5階にあたる部分でしょうか、バルコニー部分が突き出ています。

カプセルのような表現を取っています。

この2つの集合住宅の設計者は誰なのかまだ分かりませんが、おそらくアルマティギプロゴルではないかと思います。

 

今回未紹介や新たに発見した集合住宅を紹介することが出来ました。

ソ連時代の集合住宅は年代ごとにシリーズで別れていまして、本当はそれにそって紹介しないといけないのですが、

まだ詳しいことは把握できていません。それらを整理出来た後、きちんと紹介できればと思います。

今回は映画館を紹介したいと思います。

ビシュケクの映画館は以前写真のみ少しだけ紹介しましたが、

アルマティの映画館は初めて紹介します。

1950年代から新たな映画館が建て始めたようです(以前は古典様式の建物を使用)。

ソビエト・モダニズム様式の建築が作られていきます。

1960年に映画館アラタウが建設されます。設計はドゥヤトロフ。

正面ファサードの構成は、真ん中がオープンで列柱を配した構成で若干古典主義を意識したデザインでしたが、

2000年に改修されその部分はガラスで覆われて、外壁も青くペイントされました。

(写真はWikipediaより引用)

2015年にマクドナルドの建設のため、残念ながら取り壊されてしまいました。

 

ツェリニー映画館

IMG_4492

建設は1963年です。設計者は今の所分かりません。

ある記事によると、以前紹介したサーカスの設計者、ウラジミール・カーツェフが設計したとありますが、定かではありません。

現在は映画館としては営業しておらず、元はここがマクドナルドに建て替えられる可能性があり、

解体か建物の後ろにあるニコライ教会の外観を通りから見えるようにするため外観変更の可能性がありましたが、

市に譲渡され伝統芸術のアートセンターやギャラリーになることが決定しました。

外壁に施されたレリーフは、グラフィックデザイナー、イエヴゲニ・マトヴェエビッチによってデザインされています。

ただ1998年あたりの写真を見ると外壁には何もありませんので、後から壁画として書かれたと思います。

内部にもあるようですが、入ったことがないのでどのようなものか分かりません。

IMG_4496

 

アルマン映画館

IMG_4480

設計はコルジェムポ、パニン。1968年に竣工です。

白くペイントされたマッシブな四角い箱に、正面・側面ファサードに施されたレリーフが非常に印象的です。

壁画家コンスタンチンによるものです。創建当時からあるものと思われます。

2階部分が1階部分よりもせり出しており、いかにもソビエト建築といったソリッド感です。

建物上部に白いテントのようなものが張り巡らせれていますが、もとは金属製の装飾です。

以前は覆われておらず見えていたような気がします。

手前にバーガー・キングがありますが、昨年ほど前に増築されています。

1階エントランスの三角形の部分も後から取り付けられたものです。

現在、アルマティ市の歴史的建造物のリストに加えられています。

 

IMG_4103

入り口から見て左側の側面ファサードのレリーフですが、コンスタンチンによるもので、

兵士、宇宙飛行士、女性の革命、豊作などを表現しているようです。

 

IMG_4104

バックヤード側の側面。ファサードです。

外壁に取り付けられた突起物が単調な外観に変化を与えています。

特に日差しがある日は影を生み出し、白い平面に奥行きと深みを与えています。

 

IMG_4100

こちらはピラミッド状のトップライトを伴った内部の吹き抜けのホールです。

壁に石が貼っておりレリーフが取り付けられています。

イスラム的な表現をかたどった門の形をしたレリーフが正面左側に見えます。

どうやら以前はここは屋根がかかっていない外部の中庭だったようです。

 

ArchCodeというアルマティの歴史的ソビエト建築の保存を呼びかける団体がありまして、

建築ツアーを行ったり、フォーラムを行ったりといろいろ活動しておりまして、

私も時たま参加したりしているのですが、そのツアー中にこちらを訪れ中に入りました。

ソビエト時代から働いているらしいロシア人女性が参加者にいろいろ説明していまして(もちろんロシア語)、

その後、参加者に通訳してもらい、この中庭はイスラム的なものを表現していたのかと質問したのですが、

彼女はそうではないと答えました。ただ全くの建築外の人なので確かなのかちょっと分かりませんが、

アルマティのソビエト建築で初めて中庭を設けた建築を目にしました。

 

以前紹介しました「Architecture of the Soviet」に中庭だけの写真が小さく掲載されていまして、

雪が積もってよく分からないのですが、レリーフの下に噴水のようなものがあります(現在は既に取り除かれている)。

このレリーフの意味が解読できれば、この中庭の意味も分かってくると思うのですが、

今の所は分かりません。ロシア語が完全に分かってればと思うのですが。

アルマティで中庭を設けた最初のソビエト建築だとすれば、非常に重要な意義を持っているのではないでしょうか。

今回はサーカス劇場を紹介したいと思います。

アルマティを代表する建築といっても差し支えないでしょう。

http://circusalmaty.kz/

IMG_4373

設計はウラジミール・カーツェフ、竣工は1972年です。

ソビエト時代はモスクワのボルショイ・サーカスでも知られていますように、サーカスは非常に盛んでした。

モスクワのボルショイ・サーカス劇場も1971年に建てられています。

以前、ビシュケクのサーカス劇場(1976)の写真を載せましたが、他の中央アジア諸国と比較して、

アルマティのサーカスは非常にユニークな形態といえるでしょう。

円形アリーナ、管理棟、トレーニング・ルーム、団員の居住施設などで構成されています。

IMG_4339

 

IMG_4338

アリーナ右手に見えるカラフルなレリーフをまとった部分はチケット売り場で、竣工当時から同じデザインです。

その右手に見えるタワーも同様です。

このアリーナ部分ですが、サーカスという機能を果たすため円形になっていますが、

リブ状の屋根も含め、建築家のカーツェフはカザフスタンの文化を表現しようと努めたようです。

つまりユルタですね。

この円形アリーナの外形は、3層の水平ルーバー、回転するようにまとわりつくバルコニーで形成されています。

水平性を非常に強調しています。

IMG_4366.JPG

バルコニーサイド部分には手摺壁は回らず、開口されています。回転性を表現するための手法だと思います。

IMG_4363

バルコニー部分の床は先に向かって細くなっています。手摺部分の笠木の板の出が非常に大きいです。

水平性をより強調しようとしているのが分かります。

アリーナは回転するコスモロジーのようなものを、ナショナル・アイデンティティーと同時に表現使用したのではないでしょうか。

IMG_4369

登頂部分は、レオニドフの重工業省コンペ案(1934)のホール部分を想起させますね。

 

アリーナの内部からからドロッと突き出るチケット売り場が印象的です。

IMG_3389

IMG_3390

IMG_4370

後から塗装されたものだと思っていたのですが、竣工当時の写真を見ると最初から塗装されたカラフルなデザインでした。

 

アリーナの北側に管理棟などが併設されています。

IMG_4336

木の板が壁に貼られていますが、何年か前の改修で貼られたと思います。

エントランス部分から左側はおそらく増築ではないかと思います。

70年代に撮影されたと思われる上空写真にはこの部分はありません。

ネット上で公開されているオリジナルの立面図にもないですね。

今の所、いつ増築されたのか、同じくカーツェフらのチームによってなされたのかも分かりません。

IMG_3387

この増築部分の完成により、全体としてデザインが引き締まったような気がします。

ただ建物自体全体として大きく、高低差が非常にありますので、全体を通して見ることはできませんが。

 

ソ連崩壊後、経営などで紆余曲折あったようですが、2015年に正式に民営化から外されることが決定しました。

アルマティの都市景観のシンボルの一つともいえる建築ですので、

是非ともこれからもその魅力を保ち続けてほしいですね。

IMG_3398

IMG_3167

 

ちなみにカーツェフは、スポーツ宮殿(1967)、メデオのスケートリンク場屋ホテル、

スキー場のチンブラックのホテルなども手掛けています。

アルマティのプール施設「ダイナモ」も彼の設計によるものです。

年代は分かりませんが、大きくフレーミングされた開口部から内部が表出したようなファサードで

バルコニーが突き出した外観デザインです。現在は改修されアルミパネルが貼られています。

オリジナルのデザインが見れないのは残念ですが、彼の代表作に数えられるでしょう。

フランスの建築家・歴史家のジャン=ルイ・コーエン氏の講演がアルマティにて、

フランス大使館の主催にて6月26日、27日と計3回行われ、すべて行ってきました。

https://en.wikipedia.org/wiki/Jean-Louis_Cohen

 

初日はカザリアン・アートセンターというギャラリーで開かれ、講演内容は「アーバン・ユートピア」について、

主にコルビジェの建築やスケッチに関するものでした。

http://sxodim.kz/almaty/event/vstrecha-s-zhan-lui-koenom-i-fotoproekt-urban-utopias/

写真はカザリアン・アートセンターに展示されている屋外アートと一階展示室。

IMG_4121

IMG_4133 IMG_4135

私は一番前の方に座っていたのですが、講演前にコーエン氏が私の隣に座り、

そのおかげで彼と話すことができました。

以前黒川紀章の事務所で働いていたことを話すと、アスタナのプロジェクトかと聞かれ、

いやその後のアルマティのプロジェクトだと説明しました。

彼は八束はじめ氏と友人だと話し、みかん組のマニュエル=タルディッツは彼の生徒だそうです。

その後講演は始まったのですが、私はてっきりフランス語か英語でやるものだと思っていたのですが、

全編ロシア語でした。

IMG_4122

IMG_4126

ロシア語でしたので90%分かりませんでしたが、今まで見たことがないコルビジェのスケッチが出てきまして

非常に興味深かったです。

コーエン氏が関わった、以前にも紹介しました「The Lost Vanguard: Russian Modernist Architecture 1922-1932」を持っていきましたので

フランスの大使館関係者の方が講演後私の本を手に取って紹介していました。

 

講演後、アルマティの建築家とアーティストと談笑するコーエン氏。

IMG_4129

その後、彼と会話することができまして、先の本にサインをいただきました。

彼がサインをしている時に私と一緒に撮った写真を写真家に送ってくれないかとお願いしたのですが送ってくれませんでした。(一応ネットで見つけました)

IMG_4187

 

2回目の講演は、同日の夕方5時からSIGS Spaceという違う場所で行われ、

講演内容は「未来都市に関する簡単な歴史」に関するものでした。

ルネッサンス時代から、近代までの様々な都市計画が紹介されたのですが、

17、18世紀辺りのフランスの都市計画や1900年代初期のアメリカの都市計画のプロジェクトは初めて知りました。

もちろん、メタボリズムの都市計画やアーキグラム、アーキズーム、1960年代のソビエトの都市計画も紹介されました。

そこで彼がちょっと面白い発言をしまして、個人的には非常に重要な発言だったのですがここでは内容は控えておきます。(以下の写真についてではありません)

IMG_4156

 

27日は、「ソビエト建築の遺産」というテーマで講演が行われました。

こちらは事前に登録が必要でしてロシア語で登録を行い参加してきました。

https://almaty-urban-re-hub.timepad.ru/event/345627/

個人的にはこの講演に最も興味がありまして、ロシア構成主義の現在の姿を見ることができました。

IMG_4169

ご存知の通り以前解体予定であったシューホフのラジオタワーは保存が決定されました。

IMG_4171

日本の日土小学校に関しても話していました。

IMG_4179

メーリニコフのルサコフ労働者クラブが改修され、側面部分に窓ガラスが付け加えられたのは初めて知りました。

講演後いつものように質問タイムがあるのですが、彼がちょこちょこ私の方を見てきました。

先のレクチャーでは英語で質問をしたのですが、今回は控えておきました(笑

 

これらの講演の前か後かは分かりませんが、インタビューがいくつか行われたようです。

https://kapital.kz/gosudarstvo/51478/zhan-lui-koen-v-lyubom-gorode-mozhet-gospodstvovat-libo-vlast-libo-rynok.html

 

講演後、コーエン氏に挨拶をいたしまして、何かを呟かれました。ここでは秘密にしておきます(笑

本当に実現すれば非常に面白いのですが。

また彼のレクチャーがあればぜひ参加したいですね。日本語で質問できれば一番良いのですが(笑

 

 

 

アルマティにて目に留まる建物がありました。

この建物の竣工は1984年。設計はグラ。この設計者は1960年代に中央デパートも設計しています。

IMG_2474

柱型、梁型、腰壁によって構成された直交グリッド上に施された装飾を食い破るかのように

四角いフレームで切り取られオブジェのようなものが挿入されたファサードが非常に印象的です。

ファサードにこのように彫塑的な装飾を用いるのはソビエト建築のみならず旧社会主義圏で見られる手法です。

この彫塑的ファサードを見るとチェコ・キュビズムやマルセル・ブロイヤーを非常に強く想起させるですが、

何らかの関連性はあるのでしょうか。

近年の日本の現代建築でもよく見受けられる、ファサードを方形のフレームで切り取る手法

(私もいくつかのデザインで適応したことがありますが)もソビエト建築に見受けられます。

アルマティでも、アセム(1976)というグリーンバザールの隣にあるショッピングセンターのファサードにおいて

ブリーズ・ソレイユを全面に施したファサードにこのようにフレームで切り取られた面を挿入しています。

残念ながら現在は全面的に改修されその面影は全く残っていません。

 

初めてこの建物を見たとき、真っ先に思い出したのが、スティーブン・ホール設計のラッフルズ・シティにおいて

挿入されたレベルス・ウッズの「光のパビリオン」やアーキテクトニカの「アトランティス」(1982)の開口部です。

これらはファサードではなく建物本体に開口部を設け、そこに異物を挿入しているわけですが。

話も元に戻しまして、この建物のファサードにおけるフレーミングによる開口とその部分への異物の挿入は、

まさしく異化作用と呼べるものではないかと思います。

IMG_2473

この手法はどこから出てきたものでしょうか。

個人的な推測にしか過ぎませんが、モスクワの1930年代の古典主義建築から来たのではないかと思っています。

この時代は構成主義がスターリンによって衰退していき、古典主義が台頭してきた時代です。

特にワインシュテインのモスクワの集合住宅(1935-1938)や、

アルハゾフの集合住宅(1940)のファサードにみられるように、

柱とアーキトレーブでフレーミングされた部分が非常に特徴的です。

フレーミングされた部分の開口部はバルコニーになっており、壁の色もファサードと違う色彩を適応しています。

内部が剥き出しにされたかのような表現です。

彼らはもとは構成主義者であったようですが(ワインシュテインはソビエトパレスのコンペにも参加していた模様)、

他の構成主義の建築家と同様、古典主義(いわゆるスターリン様式)に転向していきます。

ただ古典的ファサードにおいて、彼らはそれまでの古典主義とは異質な方向性を

ファサードにもたらしたのではないでしょうか。

この建築家がどのような意識で設計したかは分からないですが、

このオフィスビルのファサードの構成は、おそらくそのあたりからきているのではないかと推測しています。

グリッド全体に連続する装飾を断ち切るフレーミングとその異物といえるオブジェの挿入は、

まさしく異化と呼べるものではないでしょうか。

20160118_152621

 

 

 

 

2010年にも「ルーバーの建築」という記事を書きましたが、新たな建築を追加したいと思います。

いくつか被る写真もあると思います。

 

カザフスタンには数多くのブリーズ・ソレイユの建築が存在します。

比率でいえば隣国キルギズスタンの首都ビシュケクよりも高いような気がします。

ウズベキスタンは訪れたことがないので分からないですが。

以前紹介したものを小さい写真で紹介していきます。

DSC07568 DSC07567

DSC00865 DSC02667

DSC03038 DSC02612

DSC02663 DSC02664

IMG_0934 IMG_0933

 

以前も紹介しましたアルマティ技術大学。ブリーズ・ソレイユとしては非常にユニークです。

柱型が直方形でなく、三角形状になっておりその合間に挿入されています。

建物の南側に設置されています。

DSC03072 DSC03692

 

こちらも以前紹介した建物です。以前は建築家連合のようなものが入っていましたが現在は分かりません。

建設は1968年です。長手側面のルーバーは回転可動になっており、

ソビエト時代の写真で一部逆に回転させているものを見たことがあります。

DSC07314

 

ここから新しい建物です。

以前にも「アルマティの特異な建築」で紹介しましたシンバット・ビジネスセンターです。

現在は壁一面ペイントされ残念ながら以前のような石による荒々しい印象は消え去りました。

四角い建物にはビジネス・ファッション・アカデミーが入っています。

設計者は分かりませんが建設は80年代のようです。

下の写真が南側になるわけですが、全面にブリーズ・ソレイユを施しています。

IMG_2632IMG_2630

その横にあるソビエト時代の中央スーパーマーケット。

IMG_2635

 

こちらは以前のスポーツ・パラスです。1967年に建設されましたが2011年に改修され、

外観は全く別のものとなっています。

DSC00752

 

こちらはもとからあったのか後から貼り付けたのか分からないですね。そしてブリーズ・ソレイユとしてか、ファサードを強調するためのものかも、分別しがたいですね。DSC03862

 

以前にも紹介したKaz Gu大学です。

設計はモスクワの高等教育施設設計機関、Giprovusにて行われたようです。

代表する建築家に名誉建築家であり、構成主義者がいたようです。

以前にも書いたように友人曰くモスクワで設計がなされたため、高層の建物は南を向いておらず、

ブリーズ・ソレイユの役割を全く果たしていないそうです。

東西方向に施しているので、朝と夕方は果たしていそうですね。

DSC06999

こちらも裏側は大きなガラスとなっています。

IMG_2669

 

以前に少しだけ紹介した、KazNTU(研究工科大学)です。

こちらも設計はモスクワのGiprovuz。正確な年代は分かりませんが、KazGuよりは後ですね。

DSC08505IMG_2196

現在は下の写真のようにブリーズ・ソレイユも両サイドのコア部分もクリーム色にペイントされ、ファサード上のメリハリがなくなっています。

この2つの大学は他の建築と違い、モスクワでの設計です。

ファサードにおけるブリーズ・ソレイユは日射除けというよりも、ソビエト芸術的な力強さを感じさせます。

他と明らかに性格が違います。

 

こちらはアルマティで見かけるもっともユニークなものです。

円形のコーナー部分に垂直方向に施されていますが、

この部分以外にも、水平方向にランダムに貼り付けられたものもあります。

まるで蜂の巣のようなイメージです。DSC07260

通りを挟んで、別のタイプが存在します。

DSC05600

 

こちらは集合住宅に取り付けられたもの。知る限りアルマティでもっともユニークなものです。

IMG_2185

これらをブリーズ・ソレイユと呼べるものか分かりませんが、非常にユニークですね。

 

最近分かってきたことは、このようにファサードにブリーズ・ソレイユ的なものを施す手法はウズベキスタン、タジキスタンを含む中央アジア独特のものだと思っていたのですが、

どうやらネットで見る限り1960年代から東ドイツにおいてファサードに装飾パターンを張り付ける手法が出てきていたようです。

僕が知る限り、モスクワにはありません。

アルマティのカザフテレコムや美術館に非常によく似た建物が1960年代にルーマニアで設計されています。

もしかするとですが、このようにファサードに装飾パターンを張り付ける手法は、

旧社会主義圏において、イスラム圏である中央アジアから生まれたのではなく、

60年代東ドイツやその他のヨーロッパに近い社会主義圏で適用され始め、

それが70年代に入り、中央アジアの建築にイスラムスタイルとして適用され始めたのかもしれません。

 

IMG_2568

House of Political Education. 現在はオフィスビルとして使用されています。

竣工は1981年ですが設計は1975年からはじめられたようです。

設計者はY. Ratushny、 O. Balkybayev、 T. Yeraliev で2011年に紹介したHouse officersと同じ建築家です。

IMG_2504

IMG_2507

IMG_5585

IMG_2512

真ん中の重厚な外観の建物が会議ホール、両サイドがオフィス・管理棟です。

両サイドのオフィス棟は同様の外観で構成されています。

DSC06185

DSC06186

ドスティック通り側から見たオフィス棟。

年代や時代背景からもポストモダンの建築デザインだと分かります。

事実この場所はドスティック通りをはさんでカザフスタンホテル、アバイ通りをはさんで古典主義の現キメフ大学があります。

これらを考慮に外観デザインがなされたようです。

DSC06199(ドスティック通り側のファサード。通りをはさんで右側にカザフスタンホテル)

 

https://www.google.com/maps/@43.2433711,76.9574221,560m/data=!3m1!1e3?hl

傾斜にそってオフィス棟を雁行配置させる手法は、以前紹介した集合住宅を髣髴させます。

もちろんこちらの方が早いと思いますが。

外観は非常にシンプルでHouse officersよりもかなり単純化・反復されています。

 

中央の会議棟が非常に重厚で、ソビエト建築のホールに良く見られるデザインですが、

上部妻側が斜めにはなっていません。

全体に調和させたのでしょうか。その結果非常にマッシブで剛直です。

IMG_2512

IMG_2519

IMG_2526

オフィス・管理棟やホール上部にはいつもの貝殻の堆積岩による横貼り構成されていますが、

こちらの柱は大理石で縦貼りにすることにより、垂直性が強調されています。

IMG_2523

 

IMG_2533

手前と座席部分の床を支える柱とでも違うタイプの石を用いています。

白くペイントされた梁に対し、柱上部に三角上のものを載せ、それで梁を支えています。

ピン構造のように見えますが、実際はローラーに近いのでしょうか。

異なった石の貼りかた、種類を適用することにより、構造上の役割の違いを表現しています。

設計者、構造設計者のこだわりがここに見て取れます。

とくに白くペイントされた梁の表現はこの建築において大きな特徴となっています。

ソビエト建築の多くのホールは、メーリニコフノのルサコーフ・クラブ(1927)のように斜めに表現されたものが多いわけですが、

床を支える構造を表現したものはそんなに多くないと思われます。

ここにおいてその梁を白くペイントすることにより、周囲とは切り離された異質のオブジェかのように浮き上がっていきます。

夜間はこの部分にライトアップがなされ幻想的です(写真は無し)。

裏側は円形になっており、長方形とシリンダーを組み合わせた形態となっています。

アバイ通りとこの部分に間に集合住宅があり、通りから全く見えません。

ちょっと残念ですね。この部分のみが独自に存在していたとしても良かったと思います。

IMG_2502

長方形と円形を組み合わせるのは構成主義に良く見られる手法ですが、

そういえばコールハウスの台北芸術センターはそのような構成になっていますね。

あれは立方体に球や突き出したホールを差し込んでいるわけですが、

完全にレオニドフの手法を参照していると思います。

 

現在、裏側のオフィス棟に入居者はなく、全くの廃墟のようになっています。

IMG_2560(左がオフィス棟、右側は会議棟の裏側で円形になっている)

一部の窓ガラスが取り外されています。外壁の石もかなりはがれています。

痛みが激しくかなり荒んでいます。

かなりの施工不良のようで、床と壁の接合が不十分で雨漏りなどひどいようです。

構造的にも地震荷重に対して不十分なようです。

去年の終わりごろ、この建物を解体して、あらたにショッピングセンターを作るのではないかと言う記事が出ました。

その約2週間後、それを否定するかのように新たな改修案を盛り込んだ記事が出ました。

大学が入り、耐震改修などを行うようです。

外観は歴史的なものなのであまり変更しないようですが、

案を見る限り、垂直性のみ保持され若干どころか結構変更されています。

このまま残して欲しいところですが。

 

ちなみに前庭の大部分を噴水が占めています。

IMG_2541(撮影時期が冬なので水を抜いています)

ドスティック通りに面しているので、夏季は多くの人が憩っています。

ただ斜面に寄る高低差があるので、アクセスはいいとはいえません。歩行者通りから分断されています。

IMG_2578

改修案はこの辺をかなり良く対応していると思いますが、

パブリックスペースとしてアクセシビリティーは非常に重要なことだと思っています。

IMG_8274

IMG_2530

 

 

 

 

 

IMG_1300 (2)

アルマティにある数多くのモニュメント・メモリアルの一つで、ジェルトクサン・サッパエバ通りの交差点にあります。

1986年、アルマティで起きましたアルマティ事件から丁度20年後を記念しまして2006年の建立されました。

デザインは建築家のティムール・スレイメノフ。

アルマティ事件につきましては、以下参照。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%82%A2%E3%82%BF%E4%BA%8B%E4%BB%B6

個人的にアルマティのモニュメントにおきまして意匠的に最も印象的なものです。

IMG_1299

説明によりますと2つの塔は、人々の自己意識の爆発、イデオロジー的規範の崩壊、自由と独立への勝利を象徴しているようです。

また、赤い花崗岩の塔は犠牲と流された血を表し、白い花崗岩の塔は若さと希望を表しているようです。

これら2つを統合する女性の像は右手に和解のための呼びかけを表すハンカチを持ちながら風に向かって手を振り、左手には自由と新たな生活への欲求としての象徴である鳥を掲げています。

20150629_112145

2つの塔にデザインに関して、個人的にソビエトデザインを想起させるのですが、どうでしょうか。

1943年生まれという建築家の年齢を考えるとおそらくその影響はあるでしょう。

IMG_1296

後ろから見たものです。2つの塔がお互いに向き合っているのがよく分かります。

IMG_1297

縦に溝が入っているのがよく分かります。ピラミッド形の突起物が取り付けられています。

カザフスタンのシンボルである、32本の光を擁する太陽と翼を広げて飛ぶ鷹が刻まれています。

IMG_1298

IMG_1299

20150629_112258 20150629_112238

花崗岩の目地とギザギザの切込みがあっていませんが、意図的でしょう。

建築家のティムール・スレイメノフは近年、アルマティ郊外のアンラカイ地域に、1730年ジュンガル民族の侵攻からの戦いにおいて勝利を記念した「アンラカイスコイの戦いのモニュメント」をデザインしています。

http://silkadv.com/ru/node/1740

こちらも相対する2つの塔が向かい合うデザインとなっています。

個人的な印象としてこれらのモニュメントは非常に建築的であるということです(もちろん建築家がデザインしていますから)。

これをこのまま巨大化するとそのまま建築になりえます。

なんとなく、ロシア構成主義の建築家ラドフスキーやクリンスキーあたりを想起させるのですが、

おそらく誰かある現代の建築家がこれをみていたら、これに近いような高層ビルをデザインするのではないかと思っています。

特にコールハースやその周辺の建築家などあたりがやりそうですね。

もちろん私もやってみたいですが。

20150629_112112

かなり久しぶりにカザフスタンの建築に戻ります。

今まで4回ほどアルマティの集合住宅について書いてきましたが、今回で5回目になります。

ソビエト様式の建築(2009年)

https://axelshockie.wordpress.com/2009/12/03/%E3%82%BD%E3%83%93%E3%82%A8%E3%83%88%E6%A7%98%E5%BC%8F%E3%81%AE%E5%BB%BA%E7%AF%89/

新年明けましておめでとうございます(2010年1月)

https://axelshockie.wordpress.com/2010/01/14/%E6%96%B0%E5%B9%B4%E6%98%8E%E3%81%91%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%8A%E3%82%81%E3%81%A7%E3%81%A8%E3%81%86%E3%81%94%E3%81%96%E3%81%84%E3

その他の面白い集合住宅 Part1(2010年1月)

https://axelshockie.wordpress.com/2010/01/22/%E3%81%9D%E3%81%AE%E4%BB%96%E3%81%AE%E9%9D%A2%E7%99%BD%E3%81%84%E9%9B%86%E5%90%88%E4%BD%8F%E5%AE%85%E3%80%80part-1/

その他の集合住宅 Part3(2010年7月)

https://axelshockie.wordpress.com/2010/07/03/%E3%81%9D%E3%81%AE%E4%BB%96%E3%81%AE%E9%9B%86%E5%90%88%E4%BD%8F%E5%AE%85%E3%80%80part3/

新年明けましておめでとうございます&面白い集合住宅 Part4(2012年1月)

https://axelshockie.wordpress.com/2012/01/04/%E6%96%B0%E5%B9%B4%E6%98%8E%E3%81%91%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%8A%E3%82%81%E3%81%A7%E3%81%A8%E3%81%86%E3%81%94%E3%81%96%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%EF%BC%86%E9%9D%A2%E7%99%BD%E3%81%84%E9%9B%86/

この記事を書くに当たってPart2がないことに気づきました。。

さて、今回は今まで紹介してこなかった集合住宅を紹介したいと思います。

写真自体は2,3年以上前に撮ったものばかりです。

DSC07695 DSC07696

コンクリートパネルではなく現場うちコンクリートで建設された12階建てのアパートで、1976年建設です。

真ん中のルーバーを施している部分は階段室です。

このようにコア部分の外部に縦ルーバーを施した建物が非常に多いです。

外観は水平部分が縦を強調するパネルにより分節されています。

より垂直性を強調しています。

IMG_3527

先ほどと似た構成ですが、こちらは12階建てで1981年です。

こちらもコア部分に縦のルーバーを施しています。

そこは外部廊下で、階段室とEV室を繋ぐ連絡通路です。

建物の真ん中に線が見えますが、構造的に切れていまして、エキスパンションジョイントです。

DSC07030

アルマティの集合住宅でも一際目を引く建物です。

写真の右手部分が後から取り付けられたような印象を受けます。

私が持っている「Architecture of the Soviet Kazakhstan」にも、

「レイアウトを変更してアパートに部屋を挿入したもの」と記述されていますのでおそらくそうでしょう。

年代は分かりません。

DSC07027

このエントランス右側のシリンダー部分が気になるのですが、階段室でしょうか。

その右奥にも上部が斜めにカットされたボリュームがあります。

DSC07028

1階部分にこのようなレリーフがあります。

「この建物にはカザフスタンの名誉ある建築家、ユーリー・ラツシュニー(正確な読みは分かりません)が1978年から1996年まで住んでいた」と書かれています。

ラツシュニーは有名な建築家で、以前紹介したrepublic Palace,House of Officersや

未紹介ですがKazakhstan Hotelにも関わっています。

ただこの建物の設計には関与していないと思います。

IMG_0931

中心からは結構離れたところに位置する集合住宅です。

1階部分がショップとなっています。

年代は分かりませんが1975年前後でしょう。

IMG_0937

地上階前庭を庇のようなものを回して囲っているのですが、どうしてでしょうか。

建設当時は子供用のショップだったようなので、そのことも関係しているのでしょうか。

よく見ると気づくのですが、両端が左右対称になっていません。結構珍しいですね。

IMG_0934

IMG_0933

ファサードが細かく分節されているのが分かります。

階段室部分は縦方向に3分割され、真ん中のスリットに水平バーを取り付けています。

居室部分には、3つの縦ルーバーを設け、水平のバーで支えています。

非常にリズミカルですね。

IMG_0936 隅部のデティール。

DSC07515

こちらは年代も設計者もさっぱり分かりません。

一見すると日本でもあるようなただの集合住宅です。

しかし珍しいのは、バルコニーが全室にあるということです。外部廊下のようにそのまま伸びています。

日本同様、仕切り板のようなパネルで仕切っています。

面白いのは、バルコニーの手すりに交互に縦格子をはめ込んでいることですね。

もしかしたらこの建物は寮のような機能の建物かもしれません。

IMG_1502

こちらも年代、設計者ともに分かりませんが、カザフパターンのオアネルが組み込まれているのを見ると

独立以後かもしれません。個人的にファサードの分節の比率が美しかったので写真を撮りました。

DSC07127

ちらも年代、設計者ともに分かりませんが、以前紹介した、「ヴォリューム」の解体 Dismantling of `VOLUME`」

https://axelshockie.wordpress.com/2013/04/20/%EF%BD%A2%E3%83%B4%E3%82%A9%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%A0%EF%BD%A3%E3%81%AE%E8%A7%A3%E4%BD%93-dismantling-of-volume/

にて紹介したかったのですが、忘れてしまい、今回載せました。

建物の壁の格子状のような物の上に、上下交互に凸状とでも言いましょうか、パネルを貼り付けています。

この操作により、ファサードをより2次元的なものにしています。

さて、今回はここまでにしたいと思います。

まだ他の集合住宅の写真がありますが、次回以降にしたいと思います。

IMG_1300

このブログを書き始めた頃の5年前に紹介したこの建物、未だにわかっているのは、モスクワにあったモスプロジェクトによる設計で、

ウズベキスタンのタシケントにも似たようなものがあるらしい、ということしか分かりません。

先のカザフスタンの建築の本にも掲載されていません。

いつか時間があればもっと調べてみたいですね。

以前告知した劇場を紹介したいと思います。

正式名称を、State Academic Russian Theatre for Children and Young People named after N. Satsと言います。

1982年完成。設計者はAA Petrova, ZM Mustafina, GS Dzhakipova、エンジニアは GI Chairs, GI Nikitinです。

アルマティで設計されたのか、モスクワにて設計が行われたのかは分かりません。

http://www.tuz.kz/

https://ru.wikipedia.org/wiki/%D0%93%D0%BE%D1%81%D1%83%D0%B4%D0%B0%D1%80%D1%81%D1%82%D0%B2%D0%B5%D0%BD%D0%BD%D1%8B%D0%B9_%D0%B0%D0%BA%D0%B0%D0%B4%D0%B5%D0%BC%D0%B8%D1%87%D0%B5%D1%81%D0%BA%D0%B8%D0%B9_%D1%80%D1%83%D1%81%D1%81%D0%BA%D0%B8%D0%B9_%D1%82%D0%B5%D0%B0%D1%82%D1%80_%D0%B4%D0%BB%D1%8F_%D0%B4%D0%B5%D1%82%D0%B5%D0%B9_%D0%B8_%D1%8E%D0%BD%D0%BE%D1%88%D0%B5%D1%81%D1%82%D0%B2%D0%B0_%D0%B8%D0%BC%D0%B5%D0%BD%D0%B8_%D0%9D._%D0%A1%D0%B0%D1%86

IMG_5828

IMG_5832

以前はAHBKと呼ばれた文化宮殿でありまして、コットンのプラントでもありました。

文化省が1985年に解体し、現在のように子供用の劇場になったのは、1996年だと思います。

 

IMG_5868

個人的には典型的なロシアン・モダニズムだと思います。最初写真で見た感じそんなに興味は沸きませんでしたが、

実際に見てみると意外と迫力があります。

 

IMG_5833

正面のバルコニー部分にモザイクタイルで装飾を施しています。

これは最初からあったのか、それとも子供用の劇場として使用された後なのかは分かりません。

バルコニーの1階は駐車場になっています。

IMG_5835

ワッフルスラブにより大スパンを実現しています。明るい部分がありますが、おそらく天窓になっているのだと思います。

グーグルアースで見た限り、上に屋根をかぶせているようです。上に上がれず確認はできませんでした。

IMG_5834

バルコニーの両サイドはキャンチレバーになって突き出しています。

IMG_5852

 

 

IMG_5836

こちらはサイド部分です。おそらく階段室ですね。

 

IMG_5840

劇場の裏側です。かなり大きな搬入口ですね。4階部分でしょうか、バルコニーへの梯子がありますが、避難用でしょうか、それともアプローチ用でしょうか。

 

IMG_5839

ホール上部の切れ込みは何でしょうか。雨樋ではないと思うのですが。

IMG_5842

IMG_5846

IMG_5848

 

建物の横には噴水があり、子供たちの遊び場となっています。

IMG_5854

これは後から改修されたものであり、もとは正面バルコニーに張られているようなモザイクタイルのものでした。

 

IMG_5867

見上げた写真。こうしてみると細かい構成がよく分かりますね。

ただ石の張りかたは非常にオーソドックスですね。一部大理石を使っていますが、基本的に全部同じです。

 

この劇場は中心地から離れた所にあり、竣工時には周辺にはあまり建物がなかったのではないでしょうか。

その当時、かなりの存在感だったと思います。

IMG_5878

 

 

約1ヶ月ぶりの投稿です。

以前ふとある建物に目が留まりました。

DSC02701

 

どこの注目したかというと、バルコニーの壁に貼り付けているコンクリートパネルです。

もちろん装飾的な意味合いもありますが、私がここで注目したいのは、ボリュームの表現ではなく、面的な表現を施していることです。

 

DSC08362 DSC07520

基本的にロシア建築とは構成主義の時代からヴォリュームの表現、そしてその構成にあったと思います。

これを見た瞬間、おそらく設計者はバルコニーにおいて、このヴォリューム性を否定して面の構成に解体しようと試みたと思いました。

 

DSC02702

バルコニー部分を横から見ると顕著に分かりやすいです。

サイド部分にコンクリートパネルを貼り付けていますが、明らかに正面部分と分離させています。

面的表現をより強めようとしています。

パネル自体が直線でなく曲線になっており、面的な重ねあわせが強調されており多層的に表現されています。

バルコニーのマテリアル部分自体、おそらく90年代以降のもののように見えます。、新しく既存の建物のボリュームに取り付けたのかもしれませんが、

そのことによってより一層面を重ね合わせたように見えます。

DSC02697

 

 

DSC02854

こちらはツムにある集合住宅ですが、ベルコニーに交互にパネルを張り合わせています。

イスラム的なパターンですので、おそらく独立以後に取り付けられたのでしょう。

面的に解体しているというよりは、これだけの大きな面ですので、どちらかと言うと面内における構成的なものですね。

 

DSC08474

 

こちらはメイン通りに面した建物ですが、見ての通りパネルを剥がしたかのような表現となっています。

カザフパターンを貼り付けていますので、通りの性格上、独立以後の新しく取り付けたものだと思いますが、

こちらの場合、ボリュームの解体というよりは、面的な表現をさらに引き剥がしたかのような表現ですね。

バルコニーのサイド部分と壁の付け目が同じような表現をとっていれば、さらに強まったような気がします。

剥がし方の表現が突き出していますので、ロシア的といえばロシア的なのかもしれませんが。

 

おそらくソビエトからの独立以後、カザフの建築家によってはこのロシア時代からのボリューム性を否定した建築家がいたように思われます。

それは壁にカザフパターンを貼り付けることによって、且つイスラム的なものとは違う表現されているものもあると思います。

特に最初の写真の建物は私の興味を非常に引きました。いわば批評的なデザインといえるのではないでしょうか。

 

次回はできればこの建物を紹介したいと思います。

IMG_5868

 

久しぶりにカザフスタンの建築に戻ります。

これまでにかなりのアルマティの建築を紹介してきましたが、未紹介の建築がまだまだ数多くあります。

今回はその中で特異な建築を紹介したいと思います。

 

アルマティの中心地ツムの近くにある建物。

DSC05392

1階は昔のショッピングモールとでも言うのでしょうか、バザールと言うのでしょうか、服などが売られていますが、その上の非常に特徴的な楕円形の部分は何なのか分かりません。

おそらくオフィスが入っているの思うのですが、非常に躍動感があり印象的です。いつの時代に建てられたのか分かりませんが、独立以前だと思います。

 

そしてその横にある建物。

DSC05393

 

こちらは何の建物か分かりません。おそらく自動車関係ではないかと思います

DSC05644

非常に機能的というか即物的というのか、均等に割られた窓のサッシュがさらに曲線の印象をを強めています。

BIGが獲得した首都アスタナのナショナルライブラリーを想起しますが、こちらの建築家によるとあれはタトリンの第3インターナショナル記念塔だという人もいますが、

これはそれ以上に想起させます。それ以上に機能的ですが。

 

DSC07080

こちらは人口湖畔にある建物です。以前紹介した集合住宅を見に行った際に見つけました。

DSC07108

 

いつ建てられたのかは分かりませんがソビエト時代だと思います。私が見に行ったときはもう使われておらず廃墟と化していました。

こちらのサイトに写真が載っており、カフェだと分かりました。

http://www.red-thread.org/en/article.asp?a=34

DSC07082

DSC07088DSC07094

DSC07100

DSC07102

 

こちらはある大学の講堂で日本語スピーチ大会がありまして、終了後に裏手に回ったところ偶然発見しました。

DSC06946

発見した時はものすごくびっくりし、後日訪れて写真を撮りました。

中に入って少し聞いたのですが如何せんロシア語が分からず、おそらくガスか灯油などのエネルギーを研究する建物だと思います。

建設されたのは1980年代初期(中の職員によると)のようです。

知人の建築家に写真を見せたところ、逆に、これはどこにあるんだと聞かれました。

DSC06944

外壁の石の張り方が非常に特徴的です。私が知る限り、アルマティでここまで凝った貼り方をした建築はありません。

正面右側の2階部分を突き出させ円形でくり貫いています。完全に非対称です。

DSC06949

この部分は写真を見る限り梁がなくフラットスラブになっているかもしれません。中に入ったのですが、写真を撮るのを忘れていました。

ただこの部分を確認することはできませんでした。

職員によると、この正面部分は増築のようです。写真右側にチラッと建物が見えると思いますがあちらが先のようです。

ロシア建築においてこのように斜めに突き出すという手法は数多く見られますが、このようにくり貫くというのはあまり見たことがありません。

そのくり貫いた部分にガラスを用い(採光用だと思いますが)、石との対比において非常に艶かしい表情を感じます。

ガラスサッシュと石の目地が合っていないですね。意図的に合わせていないのでしょう。

一瞬ですが、ハンスホラインのレッティー蝋燭店やシュリン宝石店を思い出しました。

なかなか人目につかないところにありますが、個人的にはアルマティを代表する建築の一つだと思っています

またの名をThe Kasteev State Museum of Artsといい、1976年に設立されたカザフスタンでもっとも大きな美術館です。

http://www.gmirk.kz/

http://ru.wikipedia.org/wiki/%D0%93%D0%BE%D1%81%D1%83%D0%B4%D0%B0%D1%80%D1%81%D1%82%D0%B2%D0%B5%D0%BD%D0%BD%D1%8B%D0%B9_%D0%BC%D1%83%D0%B7%D0%B5%D0%B9_%D0%B8%D1%81%D0%BA%D1%83%D1%81%D1%81%D1%82%D0%B2_%D0%9A%D0%B0%D0%B7%D0%B0%D1%85%D1%81%D1%82%D0%B0%D0%BD%D0%B0_%D0%B8%D0%BC%D0%B5%D0%BD%D0%B8_%D0%90._%D0%9A%D0%B0%D1%81%D1%82%D0%B5%D0%B5%D0%B2%D0%B0

(こちらwikiにははロシア語とカザフ語、ドイツ語しかありません)

ソビエト時代の絵画や彫刻、工芸品、カザフスタンの現代アートを展示しており、美術の歴史的研究や教育などもこちらにて行われているようです。

設計はE. Kuznetsova, O. Naumova and B. Novikovの3人の建築家によるもので、  E. Kuznetsovaは女性建築家でその当時のシティー・アーキテクトだと思います。(知人の建築家が言っていた名前と違いますがこちらが正しいと思います)。

以前はカザフスタン共和国州立美術館という名称だったようですが、1984年にカザフスタンを代表する芸術家Abylkhan Kasteevを取って現在の名称になったようです。

左手がAbylkhan Kasteevの銅像。

外観の大きな特徴として、斜めに突き出た小さなスリット群と、ぐーっと伸びたモノリス状の庇が目を引きます。

特に道路側の壁側には スリット上の壁が全体にわたって連続しています。

1階が連続するガラス窓、2階3階がアラル海で採掘された石によって構成されており、こちらでよく見られる重いボリュームが浮いたような印象です。

(Googleからのmap)

道路側にスリットが連続しているのが分かります。エントランスは道路から一歩入った西側にあり、 そこにあのモノリス状の庇があります。

中庭もありますが、八束氏がギンスブルグの旧アルマティ行政庁舎(以前少し紹介したもの)の中庭について、イスラム的な表現と 解釈していましたが、この中庭もそれに準した物でしょうか。もちろん採光を取るためでもあるでしょう。

展示室は南側、東西面に配置されていますが、このスリットによる突起物が展示を邪魔しないのでしょうか?

オフィシャルサイトから展示室の模様が見れます。

http://www.gmirk.kz/virt/

回転する建物にカーソルを載せると、展示室の案内が出てきますので、それをクリックすると出てきます。

例えば http://www.gmirk.kz/virt/03.html

トップライトによる間接光と、スリットからの外光(南側に向いていないので直接光は入ってこない)が 入り混じっていますが、実際どういう感じで見えるのでしょうかか?

こちらのサイトに展示物の紹介があります(英語)

http://www.kazakhstanlive.com/7.aspx?sr=5

 

こちら入り口を入った所ですが、1年ほど前から行われた改修の後であり、天井のカザフパターンはその改修後の取り付けられたと思います。

3つの銅像が何を意味しているのかはちょっと分かりません。

 

建物中央にトップライトを兼ねた大きなガラスのピラミッドがあるのが分かると思います。

3年ほど前、こちらにて日本文化祭が行われまして、その際2階に上がったのですが、全く覚えていないです。。。

 

さてこのピラミッド、磯崎新のロスアンジェルス現代美術館(MOCA)が1986年、 I.M.ペイのルーブル美術館が1989年 ですが、

 

1976年というとそれらよりもピラミッドの形態使用に関してかなり早いです。

同年代にピラミッドを使用した建築は私は知らないのですが、他にあったのでしょうか?

 

ちなみに私が写真を撮ったのはちょうど改修が行われ始めたときでした(庇はすでに改修後)。

外壁の石も違う石が使用され、つるんとした表情になっています(wikiの写真が改修後)。

以前のアラル海の石の持つ荒々しい表情が好きだったのですが、少し残念です。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。