Category: 集合住宅


新たに写真をとった建物や以前の未紹介の集合住宅を紹介したいと思います。

 

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バルコニー手摺部分に張り付けたコンクリートの格子のパネルが印象的です。

1977年竣工で、おそらくこのタイプの集合住宅はアルマティでここだけです。

面を貼り付けたような深みのない表現で非常にグラフィカルですね。

 

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上下にカザフパターンを伸ばしたパネルを張り付けたものです。

1987年竣工のようですが、おそらくこの集合住宅がカザフ的な要素を最も表現した建物だと思います。

おそらく階段室だと思いますが、そこにカザフパターンをファサードに配し

イスラム的な門型アーチのような表現を取っています。

 

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こちらは以前紹介したものですが、再投稿です。1982年竣工です。

階段室にカザフパターン、バルコニーにコンクリートパネルを張り付けた表現です。

フレーム状の形態は、ソビエト建築によくみられる表現ですね。

 

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こちらも門型フレームを配したものです。

 

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フレーム状にカザフパターンを配したものです。バルコニーも直角ではなく角度をつけています。

 

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1988年竣工のバルコニーに円形状の開口部を配したものです。

 

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こちらは歩いている最中偶然発見しました。中心に階段室を配し、角度をつけて両側に居室が並んでいますが、

平面の形態はT字状のようになっており、この写真の部分はTの上部の部分です。

私が知る限り、このような平面形式の建物はこれだけです。

竣工は1972年のようですが、定かではありません。

 

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初期のコンクリートパネルのような建物ですが、竣工は2002年のようですが定かではありません。

異なった装飾を施したパネルを階層ごとに用いています。

 

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こちらはビッグ・アルマティ湖に行く途中で発見しました。

年代は不明ですが、おそらく90年代以降かと思われます。

パターンを模した刷り込みによるコンクリートパネルが連続した己状のバルコニーが印象的です。

コンクリート上の刷り込みが赤い部分もあればない部分もあります。

どちらが元のデザインなのかちょっと分かりません。

窓周りにコンクリートのフレームを配していますが、細長い窓も含めて珍しいタイプです。

 

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アルマティのメイン道路の一つゴーゴル通りに面した建物です。

1975年竣工で設計はアルマティギプロゴル。

全体として非常にマッシブで、建物の正面中心部分のみバルコニーをさらに突き出させています。

 

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1990年竣工の建物です。独立の直前ですね。建築家の名前は手元に資料がなく今は分かりませんが、

彼はいくつかの集合住宅の設計を手掛けています。

バルコニーの頂部からアーチ状の付け柱部分を一番下のバルコニーまでかぶせるように伸ばしています。

全体として垂直方向を強調するようなデザインです。彼は他の集合住宅も似たような手法で設計しています。

 

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今回、初めてこのような縦ルーバーを全面に施した建物を発見しました。

隣国のビシュケクでは以前に見たことがあったのですが、アルマティでは見たことがなくおそらくないのだろうと思っていました。

しかし、100mほどの長いスパンにかけて縦ルーバーを施していると圧巻ですね。植栽であまり見えませんが。

ルーバーは上部のバルコニーの下の部分で止まっています。

竣工はおそらく1978年です。

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その集合住宅に連続して小さな交差路に対してカーブしながら直交して連続していく建物がこちらです。

竣工はおそらく1982年。特にこのカーブ部分が非常に特徴的です。

5階建てですが、4、5階にあたる部分でしょうか、バルコニー部分が突き出ています。

カプセルのような表現を取っています。

この2つの集合住宅の設計者は誰なのかまだ分かりませんが、おそらくアルマティギプロゴルではないかと思います。

 

今回未紹介や新たに発見した集合住宅を紹介することが出来ました。

ソ連時代の集合住宅は年代ごとにシリーズで別れていまして、本当はそれにそって紹介しないといけないのですが、

まだ詳しいことは把握できていません。それらを整理出来た後、きちんと紹介できればと思います。

かなり久しぶりにカザフスタンの建築に戻ります。

今まで4回ほどアルマティの集合住宅について書いてきましたが、今回で5回目になります。

ソビエト様式の建築(2009年)

https://axelshockie.wordpress.com/2009/12/03/%E3%82%BD%E3%83%93%E3%82%A8%E3%83%88%E6%A7%98%E5%BC%8F%E3%81%AE%E5%BB%BA%E7%AF%89/

新年明けましておめでとうございます(2010年1月)

https://axelshockie.wordpress.com/2010/01/14/%E6%96%B0%E5%B9%B4%E6%98%8E%E3%81%91%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%8A%E3%82%81%E3%81%A7%E3%81%A8%E3%81%86%E3%81%94%E3%81%96%E3%81%84%E3

その他の面白い集合住宅 Part1(2010年1月)

https://axelshockie.wordpress.com/2010/01/22/%E3%81%9D%E3%81%AE%E4%BB%96%E3%81%AE%E9%9D%A2%E7%99%BD%E3%81%84%E9%9B%86%E5%90%88%E4%BD%8F%E5%AE%85%E3%80%80part-1/

その他の集合住宅 Part3(2010年7月)

https://axelshockie.wordpress.com/2010/07/03/%E3%81%9D%E3%81%AE%E4%BB%96%E3%81%AE%E9%9B%86%E5%90%88%E4%BD%8F%E5%AE%85%E3%80%80part3/

新年明けましておめでとうございます&面白い集合住宅 Part4(2012年1月)

https://axelshockie.wordpress.com/2012/01/04/%E6%96%B0%E5%B9%B4%E6%98%8E%E3%81%91%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%8A%E3%82%81%E3%81%A7%E3%81%A8%E3%81%86%E3%81%94%E3%81%96%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%EF%BC%86%E9%9D%A2%E7%99%BD%E3%81%84%E9%9B%86/

この記事を書くに当たってPart2がないことに気づきました。。

さて、今回は今まで紹介してこなかった集合住宅を紹介したいと思います。

写真自体は2,3年以上前に撮ったものばかりです。

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コンクリートパネルではなく現場うちコンクリートで建設された12階建てのアパートで、1976年建設です。

真ん中のルーバーを施している部分は階段室です。

このようにコア部分の外部に縦ルーバーを施した建物が非常に多いです。

外観は水平部分が縦を強調するパネルにより分節されています。

より垂直性を強調しています。

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先ほどと似た構成ですが、こちらは12階建てで1981年です。

こちらもコア部分に縦のルーバーを施しています。

そこは外部廊下で、階段室とEV室を繋ぐ連絡通路です。

建物の真ん中に線が見えますが、構造的に切れていまして、エキスパンションジョイントです。

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アルマティの集合住宅でも一際目を引く建物です。

写真の右手部分が後から取り付けられたような印象を受けます。

私が持っている「Architecture of the Soviet Kazakhstan」にも、

「レイアウトを変更してアパートに部屋を挿入したもの」と記述されていますのでおそらくそうでしょう。

年代は分かりません。

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このエントランス右側のシリンダー部分が気になるのですが、階段室でしょうか。

その右奥にも上部が斜めにカットされたボリュームがあります。

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1階部分にこのようなレリーフがあります。

「この建物にはカザフスタンの名誉ある建築家、ユーリー・ラツシュニー(正確な読みは分かりません)が1978年から1996年まで住んでいた」と書かれています。

ラツシュニーは有名な建築家で、以前紹介したrepublic Palace,House of Officersや

未紹介ですがKazakhstan Hotelにも関わっています。

ただこの建物の設計には関与していないと思います。

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中心からは結構離れたところに位置する集合住宅です。

1階部分がショップとなっています。

年代は分かりませんが1975年前後でしょう。

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地上階前庭を庇のようなものを回して囲っているのですが、どうしてでしょうか。

建設当時は子供用のショップだったようなので、そのことも関係しているのでしょうか。

よく見ると気づくのですが、両端が左右対称になっていません。結構珍しいですね。

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ファサードが細かく分節されているのが分かります。

階段室部分は縦方向に3分割され、真ん中のスリットに水平バーを取り付けています。

居室部分には、3つの縦ルーバーを設け、水平のバーで支えています。

非常にリズミカルですね。

IMG_0936 隅部のデティール。

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こちらは年代も設計者もさっぱり分かりません。

一見すると日本でもあるようなただの集合住宅です。

しかし珍しいのは、バルコニーが全室にあるということです。外部廊下のようにそのまま伸びています。

日本同様、仕切り板のようなパネルで仕切っています。

面白いのは、バルコニーの手すりに交互に縦格子をはめ込んでいることですね。

もしかしたらこの建物は寮のような機能の建物かもしれません。

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こちらも年代、設計者ともに分かりませんが、カザフパターンのオアネルが組み込まれているのを見ると

独立以後かもしれません。個人的にファサードの分節の比率が美しかったので写真を撮りました。

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ちらも年代、設計者ともに分かりませんが、以前紹介した、「ヴォリューム」の解体 Dismantling of `VOLUME`」

https://axelshockie.wordpress.com/2013/04/20/%EF%BD%A2%E3%83%B4%E3%82%A9%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%A0%EF%BD%A3%E3%81%AE%E8%A7%A3%E4%BD%93-dismantling-of-volume/

にて紹介したかったのですが、忘れてしまい、今回載せました。

建物の壁の格子状のような物の上に、上下交互に凸状とでも言いましょうか、パネルを貼り付けています。

この操作により、ファサードをより2次元的なものにしています。

さて、今回はここまでにしたいと思います。

まだ他の集合住宅の写真がありますが、次回以降にしたいと思います。

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このブログを書き始めた頃の5年前に紹介したこの建物、未だにわかっているのは、モスクワにあったモスプロジェクトによる設計で、

ウズベキスタンのタシケントにも似たようなものがあるらしい、ということしか分かりません。

先のカザフスタンの建築の本にも掲載されていません。

いつか時間があればもっと調べてみたいですね。

かなり久しぶりの更新となりました。

5月にトルコのイスタンブールを1週間ほど訪れ、そのことについて書こうと思ったのですが、

あまりにも写真が多く、情報など色々整理しないといけないため、後ほどアップしたいと思います。

 

先日ビシュケクに10日ほど滞在していました。

以前から気になっていた建物がありまして、行ってきました。

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Dasmia

http://www.dasmia.kg/

カフェやレストラン、結婚式場の複合施設です。

この道をまっすぐ行きますと、ユルタの形状の結婚式場があります。

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この日はラマダンのせいかレストランも含め閉まっていましたが、支配人がいまして特別に見せてもらいました。

屋根はトップライトになっており、カーテン幕で覆われ、青い光が天上から降り注いでいました。

まるで深海にいるような幻想的な空間でした。

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奥の壁が電動式になっておりまして、開けゴマのように開きますと、

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そしてその奥には

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ちょっとびっくりしましたね。

この三角上のものが道路から見え、非常に気になっていたのです。

真ん中正面の造木は、愛を表すものだそうです。しかしこの両サイドの三角形の屋根状の物は何のためか分かりませんでした。

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どんな材料を使ってこのパターンを作り出しているのかなと思って近寄ったら、印刷したものでした。。。

非常にキッチュですね。作られた異空間といった印象でした。

こちらでも結婚式のパーティーを行います。非日常を演出する場所なのでしょう。

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後日、ブラナの塔に行ってきました。

ビシュケクから車で約50分ほど東に行ったところにあります。

http://en.wikipedia.org/wiki/Burana_Tower

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バラサグン遺跡の一部で、11世紀のカラハン朝時代のものだそうです。

基壇は8面体で、上部は筒状になっています。

建設当時は高さが45mあったようですが、15-16世紀の地震で崩壊し、現在は23mです。

別の角度から見ると、若干傾いています。

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外部階段が取り付けられており、そこから2階内部に入り細くて非常に狭い階段を上がって屋上まで登ることが出来ます。

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ブラナの塔のすぐ近くに石人(バルバル)が野外に展示されています。

キルギス全土から集めてきたようで、作成時期は6世紀から20世紀前の広範囲に渡るようです。

一つ一つ顔や姿勢、体型が異なります。

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石人の展示場から見たブラナの塔。点在している様子がよく分かります。

右手の丘はバラサグン遺跡です。

 

今回この塔を訪れて気づいたことがありました。

塔の上部に5層のイスラムの文様が施されているのですが、層ごとに違います。

そして基壇の部分に施されている文様も各面違います。

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非常に興味を覚えたのですが、これらを見てぴんと来ました。

以前紹介したキルギスのナショナルライブラリーです。

「National library in Bishkek」

https://axelshockie.wordpress.com/2012/07/01/national-library-in-bishkek/

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このファサードに取り付けられた物は、最初ロシア芸術に近いものかなと思っていたのですが、

ブラナの塔を見て、このイスラムの文様から来たのだなと、ピンときました。

市内のあるレストランですが、その参照が見て取れます。

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おそらくウズベキスタンにもこのようなものが沢山あるのかもしれません。

ウズベキスタンの首都タシケントにあるウズベキスタンホテルのファサードはその典型的な例かもしれません。

http://www.hoteluzbekistan.uz/en

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後、幾つかの集合住宅や建物など。

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バルコニー部分に意匠を施したものです。ビシュケクはアルマティと比較して、凝っていますね。

 

ビシュケクでも観光客などに有名なオッシュバザールにあった建物。中に店が入っています。

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以前紹介したピンク色のルーバーの建物の横の建物

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自動車の洗車場。完全に構成主義のデザインですね。

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カフェの内部壁。ビシュケクではこのように細長い石を貼り付けているものが非常に多いです。

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最後に、市内からマナス空港に向かう途中にあるモニュメント。ペレストロイカ以降に建立されたようです。

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さて、この2年間かなりの数のビシュケクの建築を紹介してきました。海外で知られたものや未知のものなど、数多く紹介できたと思います。

次回からカザフかイスタンブールの建築を紹介したいと思います。

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遅くなりましたが、新年明けましておめでとうございます。

昨年10月以来の更新となりました。

こちらアルマティは暖冬で非常に暖かく、新年といった雰囲気はまったく感じられませんでした。

1月中旬に所用でビシュケクを訪れました。

ビシュケクを訪れるのはもう何回目でしょう(笑

今回はそれほど街中を歩き回らず、ほんの少しだけ建物の写真を撮ってきました。

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ソブェツカヤ通りとモスコフスカヤ通りの交差点にある集合住宅です。

以前書いた記事、「ビシュケクの集合住宅 Part2」

https://axelshockie.wordpress.com/2012/04/28/%E3%83%93%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%B1%E3%82%AF%E3%81%AE%E9%9B%86%E5%90%88%E4%BD%8F%E5%AE%85-part-2/

に掲載していませんでした。

おそらくビシュケクにおける集合住宅において、表層にもっとも多くのパネルを貼り付けたものだと思います。

建物竣工時からそうであったのか、もしくは後から貼り付けたのかどうかは分かりません。

 

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こちらは、建物自体はそれほど変わったものではないですが、低層1階部分に、シリンダー状のコンクリートを斜めに切って貼り付けています。

一部の2階部分のバルコニーはそれらと共に同じシリンダーの形状となっています。

このようにシリンダーのコンクリートをカットして貼り付けた物は、初めて見ました。

 

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こちら今回初めて見たのですが、バルコニーの片側の隅部に、シリンダー状のスラブを貼り付けています。

なぜこのように取り付けたのかさっぱり理由が分かりませんが、道路に面したファサード部分ではまったく活用されていません。

裏側部分ではその部分を壁を作ってバルコニーとして、一部使用されています。

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バルコニー用というよりは、カプセルを取り付けたという印象が非常に強いですね。

恐ろしく狭いスペースです。目的がまったく推測できませんが、もし設計者と会うことが出来ればその理由を聞いてみたいですね。

 

こちらは昨年の夏に撮影したもので、「Architecture of the Soviet Kirghizia」にも掲載されています。

https://axelshockie.wordpress.com/2013/07/21/architecture-of-the-soviet-kirghizia/

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バルコニーにかなり大きなデザインされたプレキャストコンクリートを使用しています。下手するとそれだけですが。。。

 

こちらは集合住宅ではなく、以前紹介した結婚式場の内部です。

実際は式場でなく、結婚のサインをする場所ですね。

奥のほうはステンドグラスになってまして、結婚のサインをする部屋です

警備の方に聞くと、式がまだ始まっていないので、5分程度ならいいとの事で、撮影許可をいただきました。

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ビシュケクに来ると建物ばかり見ているように思われますが、そんなことはなく、

よくセンターの屋外ギャラリーを訪れます。ここに展示されている絵画は非常に好きですね。

可能であれば幾つか購入したいです。

3年ほど前のブログにも載せたと思うのですが、その幾つかを。

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パブにて、一風変わったサラダがあったので。

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ビシュケクって、捻ったデザインが多いですね。とても面白いです。

次回からカザフスタンの建築に戻りたいと思います。

約1ヶ月ぶりの投稿です。

以前ふとある建物に目が留まりました。

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どこの注目したかというと、バルコニーの壁に貼り付けているコンクリートパネルです。

もちろん装飾的な意味合いもありますが、私がここで注目したいのは、ボリュームの表現ではなく、面的な表現を施していることです。

 

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基本的にロシア建築とは構成主義の時代からヴォリュームの表現、そしてその構成にあったと思います。

これを見た瞬間、おそらく設計者はバルコニーにおいて、このヴォリューム性を否定して面の構成に解体しようと試みたと思いました。

 

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バルコニー部分を横から見ると顕著に分かりやすいです。

サイド部分にコンクリートパネルを貼り付けていますが、明らかに正面部分と分離させています。

面的表現をより強めようとしています。

パネル自体が直線でなく曲線になっており、面的な重ねあわせが強調されており多層的に表現されています。

バルコニーのマテリアル部分自体、おそらく90年代以降のもののように見えます。、新しく既存の建物のボリュームに取り付けたのかもしれませんが、

そのことによってより一層面を重ね合わせたように見えます。

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こちらはツムにある集合住宅ですが、ベルコニーに交互にパネルを張り合わせています。

イスラム的なパターンですので、おそらく独立以後に取り付けられたのでしょう。

面的に解体しているというよりは、これだけの大きな面ですので、どちらかと言うと面内における構成的なものですね。

 

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こちらはメイン通りに面した建物ですが、見ての通りパネルを剥がしたかのような表現となっています。

カザフパターンを貼り付けていますので、通りの性格上、独立以後の新しく取り付けたものだと思いますが、

こちらの場合、ボリュームの解体というよりは、面的な表現をさらに引き剥がしたかのような表現ですね。

バルコニーのサイド部分と壁の付け目が同じような表現をとっていれば、さらに強まったような気がします。

剥がし方の表現が突き出していますので、ロシア的といえばロシア的なのかもしれませんが。

 

おそらくソビエトからの独立以後、カザフの建築家によってはこのロシア時代からのボリューム性を否定した建築家がいたように思われます。

それは壁にカザフパターンを貼り付けることによって、且つイスラム的なものとは違う表現されているものもあると思います。

特に最初の写真の建物は私の興味を非常に引きました。いわば批評的なデザインといえるのではないでしょうか。

 

次回はできればこの建物を紹介したいと思います。

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今回は表層的なデザインの集合住宅を紹介したいと思います。

以前からビシュケクの建築を紹介していますが、アルマティと比較して表層のデザインがかなり多彩といえるでしょう。

市の中心地には幾つかの大きな集合住宅がありますが、とりわけこれは非常に目立ちます。

というよりも圧倒的な存在感です。

おそらく70年代中旬当たりではないかと思うのですが、 ものすごい迫力があります。

特に特徴的なのが両サイドのパネルのような面的表現です。

2枚目の写真でよく分かると思うのですが、両サイドをそのまま折り返しているのではなく、少し突き出しています。

それによってより面的表現が強調されています。

しかしこの部分は何なのでしょうか?何かの部屋なんでしょうけど、プランを見てみたいですね。

比較的この建物に似たものがこの建物です。

こちらは一本隣のメイン通りにあるのですが、比較的おとなしく感じます。

コンクリートパネルを色々貼り付けていますね。

 

郊外にある典型的なプレキャストの集合住宅ですが、窓にアクセントをつけていますね。

 

バルコニーの真ん中部分の壁の開口部を工夫していますね。

おそらくキッチンではないかと思います。一度ビシュケクでこのような集合住宅の中に入った事があるのですが、

アルマティと同様とても狭いです。おそらくプランはアルマティの集合住宅と一緒でしょう。

大量生産のコンクリートパネル住宅ですから。

 

バルコニーの腰壁にパネルを貼り付けて波打たせています。

こちらブロックの裏側ですが、通りに面したファサードも同様です。

プロフィリットガラスのようなものを階段室に使っています。

1970年代 中旬以降でしょうが、最初からこのような腰壁であったかは分かりません。

もしかしたら後からつけたのかもしれません。

 

こちらも大通りに面したものですが、ファサードの一部に何かしら剥がれたようなデザインを施しています。

 

アルマティ同様、こちらにも縦ルーバーの建築がありますが、アルマティと比較して圧倒的に少ないです。

都市の規模が全く違うというのもあるでしょうが。

階段室に縦ルーバーを貼り付けたものです。このタイプはアルマティでもよく見られますね。 (ブログにて未紹介)

 

こちらは大通りと鉄道が交差する場所に建っていて非常に目立ちます。

集合住宅ではないですが、ルーバーを使っているのでここで紹介します。

おそらく何かのアドミニストレーションビルではないかと思いますが、

撮る際、タクシーの運転手に写真撮っても問題ないかと確認してから撮りました。

旧共産圏は、何かと問題があるのです。

何故アルマティなどにこのような縦ルーバーの建築が多いのか分かりませんが、

以前のブログでも書いたように、共産主義を表現するものとして何かしら様式化したのではないかと思っています。

しかしこの建物の場合、ルーバーの先を細めており、非常に柔らかい印象を受けます。

ピンクの外壁と相まって、洗練されたデザインですね。

この辺りに似たようなデザインの高層ビルが幾つか建っていますが、こちらが一番洗練されています。

(残念ながら写真無し)

 

こちらは前回紹介したカプセルが張り付いたような高層集合住宅があるとおりの近くにあるのですが、

非常に面白いというか、可愛らしいというかポップな印象を受けました。

住宅部分は、勿論上下階異なっているわけではなく、外装を交互にしているだけですね。

しかしそれだけでも印象が大分異なります。

この手法なら日本の古い公団マンションなどの改装に適応できるのではないでしょうか。

左側のレリーフは典型的なロシア時代のものですが、ポップなデザインと対照的ですね。

何を意味しているのかは分かりませんが。

 

 

ビシュケクにおける表層デザインを施したものの中で最も印象的なものがこちらです。

後から貼り付けたのか、それとも最初からこのようなデザインであったのか分かりません。

ただ写真で見るとおり、剥き出しの外壁のレンガに合わせて曲線をデザインしているものもあるので、

最初からこの通りであったかもしれません。

これとほぼ同じデザインの集合住宅がありまして、こちらは細長い建物になっています。

こちらの方がより迫力があるかもしれません。

(タクシーの運転手にこれは撮らないのかと言われたが、あそこにもある(写真のもの)と言って、止まらず撮りませんでした)

この写真を前回帰福した際、福田晴虔先生にもお見せしたのですが、

どういう背景からこのようなものが出てくるのかね、と聞かれたのですが、

私には正直分かりません。

おそらくイスラム的なものから来ているのではないかと思いますが、

年代的にも70年代後半からポストモダンの時代が強くなってくるわけでして、

ここキルギスでもそのような問題提起があったのではないかと思います。

ただこれが地域的なデザインかと言われると 、それとは全く様相が異なります。

 

しかしそれにしてもこれらの表層デザインは、画一的になりがちなプレキャストの集合住宅において、

非常に多彩な表情を都市にもたらしています。

これもまたビシュケクの魅力の1つでしょう。 

今回はビシュケクの集合住宅を紹介したいと思います。

2回に分けて紹介します。最初は構成的なもの、2回目は表層的なものに分けたいと思います。

撮った建物は出来るだけ全部写真を掲載します。

ぱっと見るとコアシステムを持ったメガストラクチャーのように見えますが、そんなことはなく、

2本のコアのようなものは階段室で張り出させており、

上部2層はバルコニーによって、いかにも重いボリュームが支えられているような表現ですね。

普通のコンクリートのラーメン構造(壁はレンガ)だと思いますが、日本のメタボリストの1960年代のデザインを想起させます。

非常に即物的でソリッドな建物ですが、階違いにバルコニーの位置を変え、一見複雑に見えます。

それとバルコニーの窓などが階ごと部屋ごとに異なりますので、表情が違って見えますね。

同じデザインの建物が3棟連続して建っています。

おそらくその当時の高級官僚(いわゆるエリート)のための集合住宅ではなかったかと思います。

以前にも紹介したようにビシュケクにも数多くのプレキャストコンクリートの集合住宅がたくさんあるわけですが、

その中で若干違っているというか、中央に階段室があって、壁に囲まれていません。

アルマティにも似たようなものがあります(未紹介)。

ガラスで覆われていますが(ぼろぼろに壊れていますけど)、プロフィリットガラスのように見えます。

アルマティではこのようなガラスは見た事がありません。

どこからか輸入したものでしょうか?

そういえば未だにプレキャストコンクリートで建設中の集合住宅を見かけました。

アルマティでは既になく、モスクワでもその工場は既に稼動していない(おそらく10年以上も前の話)と聞いたのですが、

キルギスのどこかでプレキャストを作っている工場があるということでしょうか。

先ほど紹介した建物にも似ていますが、こちらの方が色々混在しています。

なんと説明したらいいのか分からないですけど、非常に魅力的に感じます。

これの反対側(写真で言うと左側)の写真がこちらにあります。

 http://www.panoramio.com/photo/24887277

以前にも紹介した建物ですが、最も色んな要素が混在したものでしょう。

シリンダー型の バルコニー、重いボリューム、窓の上部の半円形、円形窓、など。

アルマティにも似たようなものがあるのですが(未紹介)、こちらの方が多様ですね。

 

こちら今回初めて発見しました。最初本屋のポストカードで見つけまして、

店員にこれはどこにあるんだと聞いて、地図を見せて場所を聞き出して見てきました。

最初、全く違う場所に行っていて、タクシーの運転手に「違うなぁ」と言いながら、センターに帰る途中に偶然見つけました。

(2日ほど同じタクシーの運転手に依頼して、「私は建築家で色々建物を見て回っていると説明して、色々回ってもらった)

見て回る時間もなく、写真も1枚しか撮れなかったのが残念ですが、機会があればもう一度見てみたいです。

同じ構成で4棟連続していますが、凄い迫力と言うか、圧倒的でした。

プレキャストですのでおそらく1980年代前半当たりではないかと思いますが、よく分かりません。

昔のSF映画の撮影に使われてもおかしくないような印象です。

 

一番最初に訪れて驚いた建物です。

この同じ通り沿いに3棟建っています。2つは少しはなれたところに立地しています。

 

こちらが近くの2棟

そしてもう1棟、センターの方に建っていますが、殆ど分からないくらいほんの若干異なっています。

最初見た瞬間、菊竹清則の海上都市プロジェクトを思い出しました。

おそらく1970年代後半から80年代初期に建設されたと思うのですが(ビシュケクの知人もおそらくそうだと言っていた)、

同時期、アルマティにもこのブログの最初の時期で紹介したサイランの集合住宅がありますが、

リカルド・ボフィールのアブラクサス(1983)を想起させたのですが、

彼のデザインは歴史家の三宅理一氏によると、「スターリンデコ」と表現されていたと思います。

ボフィールのウォールデン7(1970)は非常に似ているわけですが、

ソビエト時代のロシアの建築とどう相互関係があるのでしょうか?

アルマティのサイランの建物は誰が設計したのかは分かりませんが、

ビシュケクと同時期だとすると、もしかしたらソビエト時代の政策によって計画されたのかもしれません(あくまで推測)。

どちらとも高級官僚や将校などのエリートのためのものだと思います。

いつの日か機会を改めて分析したいと思います。

 

しかしビシュケクの集合住宅はアルマティと比較して、複雑と言うか色んな様式が混在したかのような印象を受けます。

それは次回書こうと思っている表層デザインの集合住宅において顕著です。

それが何故なのかは分かりませんが、それゆえアルマテイの建築よりも魅力的に映りますし、

街に対しても様々な表情を醸し出し、街自体を豊かなものにしています。

新年明けましておめでとうございます。

こちらアルマティは日中は4度と異常に暖かく、非常に過ごしやすい新年となりました。

友人たちと高層マンションの20階のペントハウスにてパーティーに参加していたのですが、

年を越した瞬間、街のあちこちで花火が上がり、なんとも壮大 な祝祭でした。

日本だと消防法で不可能だと思います。

 

さて久しぶりにカザフの建築について書きたいと思います。

いつものようにふと街を歩いていて、ブロックを曲がると、おぉっと見つけました。

おそらく80年代から90年代と思います。

矩形のボリュームに曲線のバルコニーが張り付いている、ある種典型的といえば典型的ですが、

バルコニーが曲線系なのとボリュームの巨大さが、更なる迫力を醸し出しています。

なぜビックリしたかと言うと、自分がこちらで設計した住宅(実現せず)を髣髴させたからです。

2つのボリュームを曲線のバルコニーで連結させたものですが、もちろんこちらにある建築の流れに乗っ取っています。

ちなみに上の2つの建物は連結されていません 。ただし配置が並列ではなく若干ずれています。

この建物はドスティック通りから1本入ったところにあるのですが、すぐ近くにこのような建物もあります。

この建物は以前紹介したシリンダーを張り付けた建物と先の建物の間にあるのですが、

おそらくコンテクストを考慮しながら設計したのではないかと思います。

ただしどの設計事務所が設計したのかは分かりません。

しかしこのドスティック通りには以前紹介したKazgorの設計よる建物が数多くあります。

写真はネットから。こうやって見ると分かりやすいです。写真中央に出ている建物が最初に紹介したもの。

このような建物(集合住宅 1975年竣工)がずっと通り沿いに並んでいるわけですが、

(1階と基礎部分は現場打ちコンクリートで2階以上はプレキャスト)

それらの間に通称 three giant と呼ばれる集合住宅があります。(同じくKazgor設計 1975年竣工)

最初に紹介した2棟の建物は、これを延長させたもののように感じます。(ただしこれは連結されている)

 

この当時、KazgorにはRipinsky が在籍していたと思います。

(あの Palace of  Reopublic (1970)の主任建築家も彼)

彼については個人的にまだ良く分かっていません。ただモスクワから帰ってきた彼は、

Almaty hotel(1964年竣工)を手がけます。

アルマティにおいて初めてボリュームにバルコニーのボリュームが張り付いた建築だと思います。

これはマレーヴィチのアーキテクトンの流れを汲むものではないかと個人的に思っています。

 

2011年に入りまして、初めての投稿です。

忙しくてなかなか書けずにすいません。

先週ビシュケクに行きまして、少しばかり建築を見てきました。

例の博物館です。

今回は中にも入ってきました。

展示の壁が、プレーンではなく、こちらでもよく見られるアラル海の石や、コンクリートをはつって白ペンキで塗ったものもあり、

かなり意外でした。

1階は、モネやセザンヌなどの近代美術、32階はキルギスの画家や伝統的な美術、工芸品の展示でした。

後は歩いていて発見したものです。

アルマティにも似たような建物がありますが(未紹介)、こちらのほうが少しばかり複雑です。

構造はコンクリートのラーメン構造で、壁はレンガですね。

おそらく1970年代後半から1980年代初期だと思われます(あくまで予想)。

そして以前も紹介した、

この建築、天山山脈をバックにビシュケクのポストーカードにもなっていて、観光的にもかなり有名のようです。

こちらはカジノやディスコが入った建物のようです。

こちらは結婚式場です。

ドスティックホテル

サーカス場

旧ソビエト圏内でよく見られる、巨大なイコン画の装飾

そして観光名所でもある、ビクトリー広場。

アルマティ同様、結婚式の際新郎新婦が訪れます。

お土産ショップで、ビシュケクの建築が載った本がないか探して見ましたが、

残念ながら見つかりませんでした。

次回機会があれば探してみたいと思います。

ランチタイムの際、近くを歩いていると、このような建築郡に遭遇します。
1990年代初頭の建設のようですが、詳しいことは分かりません。
四角いボリュームに、四角いバルコニーのボリュームが張り付いています。
この建物から天山山脈が見渡せ、おそらく高級住宅扱いだったと思います。
現在も家賃は相当高いと思います。
この建物を見ていると、コールハウスのシンガポールのプロジェクトを思い出しました。
(画像はネットより)
コアに機能のボリュームが張り付いていますね。1970年代の日本のメタボリズム建築を想起させます。
近年のコールハウスは、メタボリズムに関心を抱いており、ロシア構成主義からメタボリズム的手法への移行(特にアジア圏)に、私は関心を抱いております。
と言うのも私もここ中央アジアにおける建築の、ロシア構成主義的手法からメタボリズム的手法への移行を分析しているからです。
3ヶ月ほど前、ロシア語の建築の本を買いました。これまたかなり興味深い本なのですが、スタッフによると学生の教科書のような物だそうです
(ロシア語のためタイトル分からず)
この本の中に、このコールハウスのプロジェクトを大きく想起させるものがありました。
Vladimir Krinsky と言うロシア構成主義の建築家の授業の造形物ですが、ボリューム構成などそっくりです。
彼はロシア構成主義建築の理論家ラドフスキー率いたASANOVAに所属していたわけですが、あまり詳しいことは分かりません。
ASNOVAについては(こちらは英語サイト)
http://en.wikipedia.org/wiki/ASNOVA
このASNOVAは合理主義を追求しており、あのリシツキーやメーリニコフ、そして日本人の村山知義という方も名を連ねていたようです(ロシアアヴァンギャルド建築より)
このクリンスキーもフォルムを追及した教育活動を行っていたようです。
彼の代表作のプロジェクトに、「ソビエト国家経済局計画」があります。
これを見ると、コールハウスのハイパービルディングプロジェクトを思い出します。
(上部のデザインは、共にロシア構成主義であったヴェスニン兄弟の重工業省コンペ案や、ゲオルキー・コチャールのあるプロジェクトの影響が強いように思われます)
元々彼は、ラ・ビレット公園のコンペの提案において、レオニドフの重工業省コンペ案における足元の庭園の案からインスパイアされていますから、
あながち間違いでないでしょう。
実は私が持っているこの本のなかに、コールハウスのCCTVの2棟の造詣を強く想起させるものがあります。
どうやらコールハウスは、ロシア構成主義の中でも、このクリンスキーを特に参照しているのではないかと推測しています。
少し話がずれましたが、構成主義者が実験的に行ってきたことが、ここカザフを含む中央アジアで、
1960年代から70年代以降、現実に作られたのではないかと考えています。
なぜそのようなことが起こったのかわかりませんが、以前も書きましたがスターリンの粛清を逃れてここアルマティや、
ウズベキスタンに流れてきたものは多いようです。
あの世界を代表する映画監督、エイゼンシュタインもここアルマティで一時期働いたようですし、
トロツキーもメキシコに逃亡する前にアルマティに身を寄せています。
もちろん建築家も例外ではないようで、その者たちから教育を受けた者が、60年代70年代以降、
このような建築を作ってきたのではないかと推測しています。
今回はその他の集合住宅を紹介します。
いろんな種類があるので、ある程度デザイン的に分類をしたいのですが、
はじめはいかにもロシア構成主義的な配置の建物
建物の配置はこのようになっています。

アルマティは南側に天山山脈があり、市内は斜面地になっています。

地図の真ん中はドスティック通り(旧レーニン通り)で、山から市内に向ってまっすぐ伸びています。

この建物はこの通りに沿って左側に位置し、山からドロっと流れ出てきたような印象を受けます。

こちらもプレキャストによるものであり、ラーメン構造になっています。

モダニズムデザインを踏襲していますね。

妻側のデザインを見ると、逆L型になっており、下っていくにつれ、内側に折れ込んでいくようにデザインされています。

ま、この棟間隔は、日本では法規的に無理ですが。。。

1985年完成で、最初は共産党の幹部用に作られたようです。設計者はまだ分かりません。

現在は一般人の方が入居しています。

通りをはさんで右側には、新しい集合住宅と、 The Republican Palace of School Children があります。

こちらの建築については後ほど書かせていただきます。

2週間ほどたちましたが、新年明けましておめでとうございます。
色々と忙しく、中々ブログが更新できませんが、本年も宜しくお願いします。
この間、 「モスクワ 1890-2000」 と言うロシア語の建築本を買いました。
ロシア語なのでよく分かりませんが、もちろん構成主義の建築も掲載されています。
こちらの建築といい比較になるかなと思い、見つけて即購入しました。
未だにあちこち時間を見つけては、街を歩き回り、建築の写真を撮っていますが、
今は冬ですので、あんまりいい写真は撮れないですね。
さて今回、2つの集合住宅を紹介しようと思います。
1つは、最初のブログにも載せた
ツムという広場のすぐ近くにあり、圧倒的な存在感です。
竣工は1970年代で、今の所正確な年代は個人的に分かりません。
モスクワの建築プロジェクトのようで、ウズベキスタンの首都タシケントにも似たようなものがあるそうです。
(つまり設計はアルマティで無く、モスクワで行われている)
2枚目のの写真を見れば分かりますが、全てプレキャストコンクリートです。
フルシチョフ時代は、集合住宅をたくさん製造しており(いわゆるフルシチョフ様式)、こちらアルマティにも数多く(と言うよりもほとんど)存在します。
実際のところ、中は見ていないし、図面は無いので、構造形式は分からないですが
デザイン的には、ブロックを積み上げたようなデザインで、現在、コールハウスなどのオランダ系の建築家がここ3年くらいこのようなデザインをしてますね。
彼らよりもかなりはやく先駆けて、このようなコンセプトがすでに行われています。
もちろん、1967年にアビタ67と言うユニット住宅がすでに存在していますけどね。
もう1つ興味深い集合住宅があります。
サイランと言う、アルマティ市内の湖畔に佇む建築です。
夏は天山山脈がよく見え、気持ちが良いです。
この湖畔の近くに聳え立つ、この集合住宅の建築
いや~、あまりの異様さにビックリしましたね。
1988年から1992年にかけて完成だそうです。
「Kaz Gor」 というカザフの建築部門の設計だそうです。
リカルド・ボフィールのアブラクサスを髣髴させますね。
もちろんこれもプレキャスト・コンクリートです。
反対側に一部増築部分があります。
バルコニーを見ると、1970年代中期に流行った、カプセルアタッチメント建築を思い出しますね。
もしかしたら、その流れからこのデザインがきたのかもしれません。
とにかく、なぜ湾曲しているのか、シンメトリーなのか、さっぱり分かりません。この軸線の先には何にもありません。
それゆえに余計不気味です。
ちなみにサイラン湖の反対側に、大きなバスステーションがあります。
これもスゴイ迫力なんですよね。特にこの大屋根。
こちらはおそらく1985年竣工で、設計はAGG(Almaty GiproGor)という、公的機関の設計です。
AGGと先ほど出た「Kaz Gor」 は建築設計において、1980年代くらいから敵対関係にあったようです。
真冬だったので、湖畔から望む写真が撮れなかったのが残念です。
夏になったら、また撮りたいと思います。

アルマティには、ソビエト様式といわれる、フルシチョフ時代の、プレキャスト製の集合住宅がたくさんあります。

 

 

後、イスラム圏でもありますので、イスラム的な意匠やカザフの意匠を施したものも数多く存在します。
 Youtubeにもっと分かりやすい動画がありました。
こちらアルマティは冬場はかなり寒いので、ほとんどの場合、バルコニーが存在します。

このバルコニーのデザインが、1940年代後ほど、大きな変化を遂げて、面白いデザインの建物がうまれて来ます。

こちらについては、また後で書かせて頂きます。

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