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カザフスタンの首都アスタナにて6月10日から9月10日まで万博が行われています。

中央アジアで初めての万博であり、テーマは「Future Energy」。

https://expo2017astana.com/

 

万博のマスタープランのコンペも2013年に行われまして、ザハの事務所やコープ・ヒンメルブラウ、

日本からは磯崎新事務所も参加していましたが、

1等はアメリカのAdrian Smith + Gordon Gill Architectureの案が選ばれました。

http://www.archdaily.com/420867/top-firms-compete-to-design-kazakhstan-s-world-expo-in-2017

https://archi.ru/world/51417/tochka-promyshlennogo-perevorota

都市軸、被膜・仮面性など磯崎さんらしい提案でしたが残念ながら3位でした。

ちなみにこのコンペはとある建築専門のサイトからオートキャドの戯れかと少し揶揄されていました。

 

さて、アスタナアートフェストに招待されているついでに万博に訪れてきました。

後日、日本から構造設計者である友人がアスタナを訪れ一緒に行ってきました。

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中央にそびえる球体が非常に目立ちますね。ちなみにカザフスタンパビリオンです。

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球体の周辺に施設を配し、皿のその円周上に各パビリオンを配しています。

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パビリオンのゾーンは各エリアに分かれています。

訪れましたパビリオンをざっと紹介したいと思います。

 

イングランド館。

最も印象に残ったパビリオンでした。

建築家のアシフ・カーンが設計したもので、カザフスタンの伝統的な住居ユルタをモチーフとしたものです。

透明なポリカーボネイト(館内の人によると)に触れますと反応して光を発します。

センサーに反応して下から光が反射されます。

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ユルタの周辺の円周上にスクリーンを配し、地球上の悠久の大地を映像として流しています。

ちなみに館内に流れる音楽を担当したのはブライアン・イーノ。

もうこの組み合わせだけで最高です。空間デザインとしては一番良かったですね。

コンセプトが若干私のアスタナアートフェストに出品したインスタレーションと似ていますね。

 

ギリシャ館。

エーゲ海を見立てた空間構成となっています。

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ラトビア館。

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ヨルダン館。

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ベラルーシ館。

ちなみに後日再度ここを訪れた際に民族衣装のようなデザイナーによるシャツを購入しました。

着る機会があるでしょうか。

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トルクメニスタン館。

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中にユルタが展示されています。カザフスタンのものと若干異なりますね。

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ウズベキスタン館。

この3次元曲面をどのような材料で作っているのだろうと思い近寄ってみたら膜材でした。

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ジョージア館。

館内でやっぱりジョージアワインを販売していました。

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フィンランド館。

何となくですが、アルバ・アールトのニューヨーク万博のフィンランド館(1939年)を思い出しました。

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リトアニア館。

イギリス館に次いで空間的に面白かったです。

直線的な回路のような発光体がランダムに放射していくのですが、サイバー的な空間でした。

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スロバキア館。

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スロバキアの現代芸術家によるリサイクルのインスタレーション。

他のパビリオンと違い、おそらくここだけ芸術家による作品が展示されていました。

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先にも述べましたように、後日再び万博を訪れました。

最初訪れたときはカザフスタンパビリオンは3時間待ちと言われ断念。

今回朝早くから友人とカザフスタンパビリオンに行ってきました。

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1階内部。

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ユルタを模したシェル構造の建物の内部。

カザフスタンに伝わる民話で、古代遊牧民の宇宙発生論を表しています。

幸福を呼ぶ魔法の鳥と神話的な生命の樹に関するもので、

幸福を運ぶサムルグと呼ばれる鳥がポプラの2本の枝に卵を産み落とすというものです。

バイテレクタワーはこれをもとにデザインされています。

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球体は8層になっていまして、1階からエレベーターで最上階に向かい、

そこから降下していく展示方法です。一部吹き抜けになっています。

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最上階上部の展示物。その上部は風力発電機が取り付けられています。

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上部吹き抜け部分に突き出たガラスの渡り廊下。

私は怖くて渡りませんでした(笑

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各階の展示の様子。

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そこから1階に降りていきますと、写真を撮ってクラウド上に反映されるインスタレーション。

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カザフスタンパビリオンを出まして、オランダ館。中には入っていませんが、

何となくモンドリアンっぽいですね。

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モナコ館。

床に映し出されたLED照明が、可動式のさざ波のようにうねる鏡に反射しています。

かなり人気の高いパビリオンです。

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ドイツ館。

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スイス館。

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オーストリア館。

自転車をこいで電気を発生させたり、非常に体感的で、子供に大人気でした。

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ベトナム館のエントランス。

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トルコ館。

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アゼルバイジャン館。

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日本館やアメリカ館、ロシア館など先進国のパビリオンも訪れましたが、

総体して現在・未来のエネルギー政策を巨大なスクリーンで映像で説明しているものが殆どでした。

後進国はどちらかというと自国の文化を表現しているものが多かったですね。

アフリカ館は各国のブースが設置されていましたが、物品販売の方が大盛況でバザールかといったような様相でした。

やっぱり建築屋としては空間展示の方に興味が行きますね。

こちらのサイトに全部ではないですがいくつかのパビリオンが紹介されています。

https://www.dezeen.com/2017/06/20/pavilions-astana-expo-2017-photography-paul-raftery-kazakhstan/

 

オープンスペースのパブリックアート。

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なんとなくトビリシの平和橋を想起させますが、設計は同じイタリアの建築家かもしれません。

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知人のカザフ人建築家、サケン・ナリノフ氏によるインスタレーション。

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敷地内に併設されたシルク・ド・ソレイユ館

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鋼管を外壁に張り付けた施設。

OMAのディー・アンド・チャールズ・ワイリー・シアターを想起させますね。

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屋外イベント施設。こちらで各国のナショナル・デーとしてイベントが行われます。

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屋外オープンスペースの飲食・休憩スペース。

館内のレストランよりもこちらの方で多くの人が飲食をしていました。

ローカルの人にとってレストランの値段はかなり高いですから。

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こうやって見ていくとまだまだな個所もありますがカザフスタンもかなり建設技術が上がったなと思います。

デザイン・意匠も以前よりもかなり洗練されてきたと思います。

万博によってアスタナの都市計画、特に交通計画が以前よりもかなり良くなっています。

後は一般市民の意識の問題でしょうか。

しかしここを訪れた子供たちはどのような印象を持ったのでしょうか。

特に地方から訪れた子供にとって万博は今まで体験したことのないような正しく夢のようなものなのかもしれません。

我々の未来はやはり子供の手に委ねられているという印象を持ちました。

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2015年にトビリシに行ってきたわけですが、今回も4泊5日行ってきました。

やっぱりいい街ですね。

以前書いた記事はこちら。

https://axelshockie.wordpress.com/category/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%82%A2/

 

ところで昨年、やたらジョージア関係の記事への検索が多いなと思ったら、

CASA BRUTUSで旧グルジア建築の特集があったんですね。

https://casabrutus.com/architecture/17336

 

さて、飛行機着陸直前の機内から見たトビリシ市。

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到着翌日にはトビリシの著名な写真家、ユーリー・メチトフ氏に会ってきました。

セルゲイ・パラジャーノフとユーリー・メチトフ

彼とは昨年アルマティでお会いしていましたので連絡先を知っていました。

ユーリー氏とスポーツパラスで待ち合わせ。1961年の竣工です。

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ユーリー氏曰く、当時周辺環境に合わせて高さを抑えて設計したようですが、

現在周辺に高層建築が立ち並び、景観をぶち壊しだそうです(写真では見えませんが)。

彼の写真をシルクスクリーンにするとの事でとある大学の図書館にようなところに連れていかれました。

しかし彼はいつお会いしてもユーモアに溢れたな方ですね(笑

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図書館内にあるスタジオ。天井も高く大きな開口部で緑に囲まれ快適です。

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私が日本人だと知ると、先生のような方が話しかけてきて、

トビリシの日常を松尾芭蕉の俳句のように撮って表現した写真集を見せてくれました。

ロンドンで購入若しくは出版されたようです。

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この日はユーリー氏へのメディアインタビューもありました。

ついでに私の写真も撮っていました。掲載されることはないでしょうけど(笑

 

その後、ユーリー氏らと別れスタジオを後にし、建築を見てきました。

前回の旅で見れなかった建築を主に掲載していきます。

 

National Archives of Georgia

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Trade Union Cultural Center(1971-73)

フェンスで仮囲いされていますので解体されるのかもしれません。

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Former Engineering and laboratory building of the Ministry of Rural Construction(1977)

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こちらは建設年数が分かりませんがおそらく1974–1976 だと思います。

あの有名な複数の棟がブリッジで連結されているものと同様の建物です。

それが見たかったのですが、バスを目的地からかなり手前で降りてしまい見れませんでした。

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そこから近くにあるアパート(1974–1976)

裏側から撮った写真が有名ですが、斜面地で登るのが大変で断念しました。

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Vazha-Pshavera通りより北側は斜面地で、かなりの高層のアパートがソビエト時代から建てられています。

あの当時交通機関は殆どバスだったでしょうから行き来は大変だったのではないでしょうか。

街への眺望はすごくいいと思いますが。

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途中で見かけた建物。

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こちらは新しい建物ですが、おそらくソビエト建築で改修されたものではないかと思います。

アルマティにも見られるようなマルセル・ブロイヤーを彷彿させる建物ですね。

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その後、宿泊先に帰る途中立ち寄ったカフェ。

2年前も訪れ、wifiのパスワードは変わらず自動的に繋がりました(笑

ジャズが流れ非常に落ち着いた雰囲気で一番好きなカフェです。

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翌日は、さらに北の方へ。

宿泊先の近くで見かけた鉄骨の屋根。凝ってますね。ケーブルでも支えています。

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バスでずっと北の方に行くと見えてきたのはこの建築。

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Tbilisi Archeology Museum(Tbilisi Archaeological Repository)

建設は1980年代後半です。現在は廃墟。手前に見ますのはSaint Nino Monument。

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小高い丘に建立されていますので非常に目立ちます。

写真で見るとスケール感が分かりませんが、予想以上に非常に大きいです。

まさしくソビエト建築といった様相です

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間近で見るとその巨大さ重厚さに圧倒されます。まるでスフィンクスのようです。

これを見ていると日本人はどうあがいても敵わないですね。

何となくパルテノン神殿を訪れた堀口捨巳のような気分でした(笑

現在廃墟で内部には入れません。階段部分を登って入口の方までは行くことが出来ます。

その上部部分の巨大な梁がまたすごい迫力です。

建物の後ろ側にも円形状のような部分があるのですが、行きませんでした。

今回最も見たかったのがこの建物でしたので見ることが出来てよかったです。

 

さてこの丘から街の方を見渡すと向こうに見えるのがこの建物。

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何かしらのモニュメントのように見えます。

ジョージア人の友人が教えてくれたのですが、The Chronicle of Georgiaでモニュメントです。

http://episodesoftheroad.com/ourtrips/georgia-with-pegasik/item/19-chronicle-of-georgia

 

次回またトビリシを訪れる機会があればぜひ訪れてみたいですね。

 

翌日は前回も行きましたムタツミンダ公園へ。

その途中で見かけた建物。

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ムタツミンダ公園へはケーブルカーで登っていきます。

頂上には1938年に建設されたソビエト時代からレストランもあります。

レストランの写真は撮っていないですが、眺望は非常に素晴らしいです。

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以前紹介したイタリアの建築家マッシミリアーノ・フクサスの設計した建物が見えます。

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ここから高松伸が設計したビジネスセンター(2007年竣工)が見えます。

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ここから下っていきますと前回も紹介した聖ダビテ教会(パンテオン)があります。

ここにはジョージアの著名な方々のお墓があります。

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スターリンの母親のお墓もあります。

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トビリシにおいて最も聖なる場所ですね。

 

そこから街中を見ていると、かなり遠く向こうにに見える建築のようなものに気付きました。

(この写真は後日別の所から)

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写真真ん中に巨大なコンクリートの塊のようなものが見えます。

ネットで調べても出てきません。病院の近くだというのは分かったのですが。

次回どんな建築かが分かれば訪れてみたいですね。

 

翌日はナリカラ砦に向かいました。

リケ公園のケーブルカー乗り場に朝10時過ぎには到着したのですが、

予想以上に観光客(特にアラブ系)が多く、30分以上待ちました。

 

公園から望む平和橋。

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ここから高松さんのビジネスセンターも見えます。

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工事中のコンクリート壁と手摺。日本ではそうみられないですね。

日本だとほとんどがフラットバーで構成されていて均質すぎて退屈ですね。

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ケーブルカーから見たトビリシの街並み。

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頂上の眺めは最高ですね。いつ来ても心地よいです。

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そこから少し下にあるカフェにて一休み。夏期のみオープンだそうです。

確か前回来たときはやっていませんでした。

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手摺から突き出たテーブルで休憩。

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峠を下りますと、歴史地区になります。

数多くの観光客がいます。日本人の旅行者にも初めて会いました。

アバノトウバニのすぐ横にあるモスク。前回も改修中でしたが未だに変わらずですね。

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そしてそのアバノトウバニ。

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市内にありますシナゴーク。前回は通りかかっただけでしたが今回は内部にも入ってみました。

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いくつかのトビリシの現代建築。

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アルマティの建築と比較しても施工の精度が非常に高いですね。

 

ジョージア技術大学。おそらく1922年ですね。

古典主義の様相を帯びた伸ばしたようなシリンダー系の正面が印象的ですね。

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そして最後にはやはり、Bank of Georgia headquarters。これは外せません。

いつ見ても身震いがしますね。

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空港に行く途中バスから見た建物。ソビエト時代のアパート建築です。

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空港近くのモニュメント。

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空港に設置されているモザイク。

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市内の街頭で売っている古本市場でジョージアのソビエト建築の本を手に入れました。

タイトルは「Архитектура Грузии」。1976年の出版です。

他にもかなり分厚いジョージアのソビエトモダニズム建築の本を見つけたのですが、

次の日来るからと言って、翌日行くとすでに売られていました。。

1976年出版ですのでモダニズム建築は少なく、むしろ古代からの建築の方が多いですね。

スターリン以降の古典主義建築も数多く掲載されています。

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さて、短い滞在時間でしたが、非常に有意義な旅でした。

前回街中をかなり歩き回っていたので、大体憶えていました。

トビリシ市内はサービスもよいですし食べ物はおいしいし、やはりまた来たいですね。

最後はいつものハチャプリと非常に貴重なジョージアワインで。

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カザフスタンの首都アスタナ市で行われていますアスタナ・アート・フェストに参加してきました。

https://artfest.kz/

今年で3回目になります。
私の2作品が展示されていますので、組織委員会の招待により行ってきました。
ちなみに上記の動画は昨年の物です。

 

“Reflection of Yurta”

こちらは提案時の画像です。
Yurta art for Astana 5211

実現したインスタレーション。

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実際の図面と若干異なりますが、コンセプトが如実に表現されていますので、

これはこれで良しとします。実際の解説文も私が送ったものと若干異なり、

委員会の方で修正しています。話を聞くと私の解説文が一般客にとって若干難しく

少し分かりやすく修正したようです(笑

 

2つ目は、”The Shells of Yurta”

こちらはキオスクとして提案したものです。当初の案はこれよりも少し規模が大きく、

若干縮小して実現されました。正直に言うとこれはコストもかかり選ばれないだろうと思ったら予想に反して選ばれました(笑

New Yurta bus stop new 5721 final

New Yurta bus stop new concept-1 New Yurta bus stop new eyelevel-5

こちらが実現したものです。

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見てわかりますように、提案した図面とかなり違います(笑

ダブルのDPGは正直無理だろうと思ったので、それは予想通りでしたが、

パンチングメタルやアルカボンド、透明なビニールは鉄骨にそのまま接合されています。。

パンチングメタルも3種類を適用したのですが、実現されたものは1種類でした。

ちなみにキオスクとして提案したのですが、委員会がこれはバス停に最適だといって、

メディアも、日本人建築家が伝統的な家屋であるユルタの形式を用いてバス停を提案した、と伝えています(笑

ちなみにメディアではこちらの方が紹介されていました。

1番目の方はメディアでの紹介が全くなかったですね。そちらの方がメインの提案だったのですが(笑

 

さて、数多くのアート作品が展示されています。一つ一つ写真を掲載していきます。

私の知人のアーティストも何人か参加しています。

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こちらはメディアセンター。委員会の方々はこちらにいます。

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通りの向こうにそびえるのが、アスタナを象徴しますバイテレックタワー。

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こちらはロシアのアーティスト、ニコライ・ポリスキーのインスタレーションです。

彼は日本でも展示を行ったようです。

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フェスティバルにおいて、私が最も好きな作品。カザフ人アーティストによるものです。

極めて批評的な作品と言えるでしょう。

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フェスティバルでは、アート作品の展示だけでなく、パフォーマンス、ライブミュージック、

アートフォーラムなど、数々のプログラムがあります。私も2日間にわたってフォーラムに参加してきました。

パフォーマンスは夜行われたようですが、連日の猛暑でへとへとになり、

夜はホテルに帰っていましたので残念ながら見ることはできませんでした。

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アートフォーラムの様子。数々のアーティストやキュレーターが講演を行い

討論を重ねていきます。

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こちらは、席を円形に囲んでの討論会。テーマは現在におけるノマディズムについて。

私も建築的観点から少しばかり意見を述べました。

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8日にすべてのプログラムが終了しまして、その日の夜アフターパーティーが行われました。

そこで数々のアーティストやキュレーターの方々と交流することが出来ました。

5日間の滞在でしたが、非常に意義のある滞在でした。

また来年参加できるのなら参加したいですね。

ブログを始めてから初めてバス停を紹介します。

とは言いつつあまり写真を撮っていないのですが。。

 

Christopher Herwigという( おそらくカナダ人だと思うのですが)写真家が旧ソ連圏の国々を旅し、

ソビエト時代のバス停の写真集「Soviet Bus Stops]という本をを2015年に出版しました。

 

http://herwigphoto.com/soviet-bus-stops/

 

 

これがかなり好評のようで、その本が出版されて以降、ロシア系のSNSで旧ソ連圏の様々なバス停の写真が投稿されています。

 

さて、アルマティのバス停です。

ソビエト時代は交通機関はもちろん公共ですので、個人の自動車所有が殆どなくバスが殆どを占めていたわけです。

そこで建築家が、様々なバス停のデザインを行ったようです。

 

2009年に初めて見たバス停。

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コンクリートパネルに、様々なタイプの石器タイルを散りばめています。

当時、非常に面白いなと思って写真を撮ったのですが、このようなタイプは市外のあちこちで見かけます。

しかし残念ながらこのバス停は現在すでに解体されていました。

 

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アルマティ湖に行く途中で見かけたバス停。

既に使われていませんが、山中には既に使用されなくなり、そのまま破棄されたバス停が数多く存在します。

 

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市の中心部にあったバス停ですが、解体され既に存在してません。写真は2009年時です。ただこちらはソビエト時代からこのようなデザインのバス停だったのかは分かりません。おそらく独立後ではないかと思います。後ほど確認してみます。

 

私が見た中でもっともユニークなのがこちら。

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フランク・ロイド・ライトが1939年に設計したジョンソンワックス本社事務所棟の内部の柱を想起させますね。

このようなタイプのバス停のデザインは旧ソ連圏でいくつかみられると思います。

ロシア系のSNS上でもウクライナや他の国で似たようなデザインのバス停が掲載されています。

 
バス停の設計にはどのような設計機関が関わっていたのか分かりませんので、後ほど調べてみたいと思います。

しかし市内にはソビエト時代のバス停はほとんど残っておらず、多くがすでに解体されています。

先の写真家の写真も多くが郊外です。

郊外を車で通りがかった際にバス停を発見することが多く、写真を撮り逃す場合が殆どですので、なかなか写真が撮れませんが、撮れた際は随時更新したいと思います。

久しぶりの投稿です。

カザフスタンの建築家、アルマティの建築についてアルマス・オルダバエフ氏(1938年生)に、
2回に分けてインタビューを行いました。

彼は歴史家でもあり、こちらのイスラム建築についても研究を行っておりまして、

度々レクチャーも行っています。

ギンズブルグのアルマティ行政庁舎(現国立芸術アカデミー)から60年代、70年代、80年代のモダニズム建築について、インタビューを行いました。

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インタビューの中で一番驚いたのは、60年代当時アルマティの建築家の間で最も大きな影響を与えたのが、丹下健三だと言う事でした。ル・コルビジェと同等かもしくはそれ以上だという事です。

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インタビューそのものは非常に貴重で、アルマティのモダニズム建築も含めて

何らかの形で日本で発表できればと考えています。

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新年明けましておめでとうございます。

本年も宜しくお願いします。

2013年にも投稿しました、「アルマティの特異な建築 Peculiar architecture in Almaty」の続編です。

アルマティの建築もこれまでかなり見てきたわけですが、

写真を撮ったにもかかわらず記事に挙げていないのもいくつかります。

そういったものも取り上げていきたいと思います。

タクシーに乗っていましたら偶然見つけまして、後から見に来ました。

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日本語で言うところの自動車運転手連合みたいな名前の建物です。

1986年に建設されたようです。

四角い箱に曲面の壁を貼り付けたような表現が非常に特徴的です。

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この曲面がもともと創建当時にあったのか、それとも後から取り付けられたのか分かりません。

数年前の写真を見ると窓がありません。あとから開けたようです。

せめて石を窓周りに貼りなおせばと思いますが。

知り合いの建築家に聞いたのですが、誰が設計したのか分からないとの事でした。

デザイン上から私は、以前紹介した子供宮殿の設計者じゃないかと思ったのですが、全く分かりません。

この表皮を剝がしたかのような、もしくは貼り付けたかのようなデザインは、アルマティで唯一でしょう。

ソビエト建築ではよく見られる手法ですが、代表的なものをあげると、

アルメニアの首都エレバンにあるチェスハウス(1970)があげられるでしょう。

https://en.wikipedia.org/wiki/Tigran_Petrosian_Chess_House

個人的にですが、コールハウスの「引き剥がす」といった初期の手法はこの辺りからきているような気がします。

こちらは、1938年にできた産科病院です。

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正面ファサードに面する通路部分でしょうか、

外部に面する大きな開口部の窓と、内部の窓の開口部の大きさが異なっています。

竣工が1938年ですのでレンガ造だと思うのですが、それにしてはファサードの開口部が非常に大きく

レンガだと支えきれないのではないかと思いますがどうなんでしょうか。

3つの大きな三角状のへこみがありますが、通路部分はどうなっているのでしょうか。

内部に入って一度見てみたいですね。

しかしスパン割としては同じだと思うのですが、内部と外部のこれらの開口部の大きさが異なることにより

外部から見るとファサードの像がずれて、妙な奥行き感を醸し出しています。

偶然の産物だと思うのですが、非常に面白いですね。

最後はこちら、1996年竣工のようで独立以後ですね。

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以前の記事「Brise-soleil architecture in Almaty」で紹介した

中央スーパーマーケット(1978年)に並行するように建てられています。

ちなみに2008年次はこのようになっていました。

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上部部分はまだ増築中でした。

その後低層部に新たにガラスのカーテンウォールが挿入されています。

実際にはどの部分が1996年竣工なのか分かりませんが、特徴的なのがこの大きな庇です。

ジャン・ヌーベルのルツェルン文化会議センター(1999年)の庇のように真っ平らに見えるよう梁を工夫しています。

個人的にはベスニン兄弟のバクーのバイロフ・クラブ(1928)を想起させますね。

影響を受けているのか分かりませんが。

今回は特異というほどのものではないですが、アルマティで僕が知る限り唯一と呼べるデザインでした。

また何かしら見つけましたら投稿したいと思います。

今年も北部総合芸術展であります「やんばる展」に出展してきました。今年で第43回目になります。

昨年に続き2回目の出品となります。

 

やんばる展とは、

沖縄県の北部地域を対象とした芸術文化展として、「木工芸」、「染織」、「民芸」、「絵画・デザイン・彫刻」、

「写真」、「書道」、「陶芸」の7部門について作品の公募を行い、多くの人々に作品発表の機会と鑑賞の場を提供し、

芸術文化を通じた地域の交流と文化の創造発展に寄与することが目的の芸術展です。

 

私は「絵画・デザイン・彫刻」部門で出品しましたが、

今年の出品作品は「花ブロックとニライカナイ」。

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こちらは昨年出品の「ソテツ建築」。

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やんばるの文化とは他と何か違うのか、常に考えさせられます。

非常に難しいですが、出品することにより常に考えることになります。

創作することによってそのことを常に意識することに意義があると思っています。

来年もぜひ出品したいと思っています。

 

写真はバスが高速道路に入る辺りから見た那覇の街並み。

コンクリート建築群は赤瓦の建築以上に、私にとっての沖縄の原風景です。

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現在、沖縄に滞在してます。

恒例のように沖縄の建築に関しての投稿です。

名護市中心の建築はほぼ見終えたと思うのですが、いくつか撮ってきたので掲載します。

 

例年のように訪れる名護市庁舎。

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そして近くの名護市民会館のエキスパンション部分。

金物をかぶせていないところにこだわりと、それによる緊張感を感じさせますね。

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教会ですが、もともと教会の建物であったのか、それとも元は別の用途で後から教会が入ったのか分かりません。

手摺や垂れ壁のコーナー部分が丸みを帯びており、柔らかい表現となっています。

 

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名護十字路の交差点に建つ建物で1950年代です。正確な年代は忘れたのですが、

流線型の曲面がなんとなく山田守を想起させますね。

名護市におけるかなり初期のモダニズム建築になると思います。

この向かい側にも同じような建物が建っていたのですが近年解体されてしまい、

残念ながら駐車場に変更されてしまいました。

 

さて、今回那覇を訪れまして、国際通り付近を見て回りました。

当たり前ですが、やはりモダニズム建築は圧倒的に多いですね。

 

県庁裏を歩いていますと、偶然琉球政府立法院跡に遭遇しました。

沖縄県庁舎(黒川紀章設計)の建設に伴い解体されたと聞いていたのですが、

記念碑が建立されていたのですね。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%8B%E6%B3%95%E9%99%A2_(%E7%90%89%E7%90%83)

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そしてここから県庁横の42号線の坂を下っていきますと、目の当たりにしたのがこの建物。

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2,3階部分の道路側正面をコンクリートの縦ルーバーで覆っています。

1階に店舗が入っていますが、2,3階は空き家のようです。

おそらく1950年代に建てられたのではないかと思いますが、

立法院のすぐ真向かいでしたので、おそらくファサードデザインをそれに合わせたのでしょう。

沖縄を代表する建築家、仲座久雄氏の事務所ビル(1956)もこの辺りに建っていたと思います。

以前沖縄県公文書館を訪れた際、ある写真を見て職員の方に伺ったのですが、

そのオフィスビルがちょうどこの付近だったのです。公文書館のデジタルアーカイブを見てもよくわかります。

ここから国際通り沿いに下って行ったすぐだと思います。

 

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こちらは国際通りから少し入っていたところにあるのですが、こちらで働いているという方に聞いたところ、

1950年代だそうです。

写真右側側面部は角度を付け、正面2階部分は一部湾曲させています。

1,2,3階と階ごとに分節を行い、2階部分においては同じ縦ルーバーを用いながら

異なる表現を挿入しています。非常に面白い試みですね。

設計者は全く分かりません。

しかしこの当時50年代、縦ルーバーを用いるのは一種の流行だったのでしょうか。

ちょっと分かりませんが、アメリカの影響があるのかもしれませんね。

 

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松尾消防署。既に閉鎖されたようです。随所に花ブロックが用いられています。

 

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ぐるぐる辺りを回っていましたら、突如目の前に現れました

那覇の入り組んだコンクリートジャングルの街中に突然舞い降りたかのような非常にさわやかで軽やかな建築。

後ほど調べてみましたら、沖縄県教職員共済会館八汐荘で、昨年新たにオープンしたようですね。

元は1960年に開館したようです。2013年に老朽化に伴い閉館したようで、

残念ながら解体された沖縄会館の設計者宮里栄一氏によって設計されたようです。

http://ryukyushimpo.jp/news/prentry-204533.html

建て替えの設計は、アトリエ門口で、琉球の城を想起させる緩やかな複層の曲線で構成されており、

鉄骨とRCのハイブリッド構造ですね。

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国際通り沿いや付近の建物群。

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img_54712層目に花ブロックをあしらったものもいくつか残っています。

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img_5491こちらは国際通りに面した建物の裏側部分ですね。

 

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思わずこれは何だと思い近寄ってみると、コンクリートの水平ルーバーを鉄筋で吊っていました。

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ちなみにこの水平ルーバーと反対側のファサードは縦ルーバーで構成されています。

 

 

ちなみに偶然見つけた建物。

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これから解体される建物ですが、沖縄建築専門学校と書かれています。

ネットで調べても何の情報も出てきません。

実際この建物が学校であったのか、それともただ看板として書かれていただけなのか全く分かりません。

 

今回、国際通り付近を探索できたのは非常によかったですね。

花ブロックを用いた建築はあまり紹介できませんでしたが、

やはり50年代以降の沖縄のコンクリートのモダニズム建築が非常にありますし。

散策しながら思ったことは、先にも出た50年代の医院にもありますように、

1950年代、60年代に建てられた医院建築について調べてみるのもいいかもしれません。

良質な沖縄のモダニズム建築がまだまだ残されているかもしれません。

 

最後にふらりと立ち寄った三線の店にて。ローカリティが息づいています。

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新たに写真をとった建物や以前の未紹介の集合住宅を紹介したいと思います。

 

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バルコニー手摺部分に張り付けたコンクリートの格子のパネルが印象的です。

1977年竣工で、おそらくこのタイプの集合住宅はアルマティでここだけです。

面を貼り付けたような深みのない表現で非常にグラフィカルですね。

 

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上下にカザフパターンを伸ばしたパネルを張り付けたものです。

1987年竣工のようですが、おそらくこの集合住宅がカザフ的な要素を最も表現した建物だと思います。

おそらく階段室だと思いますが、そこにカザフパターンをファサードに配し

イスラム的な門型アーチのような表現を取っています。

 

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こちらは以前紹介したものですが、再投稿です。1982年竣工です。

階段室にカザフパターン、バルコニーにコンクリートパネルを張り付けた表現です。

フレーム状の形態は、ソビエト建築によくみられる表現ですね。

 

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こちらも門型フレームを配したものです。

 

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フレーム状にカザフパターンを配したものです。バルコニーも直角ではなく角度をつけています。

 

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1988年竣工のバルコニーに円形状の開口部を配したものです。

 

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こちらは歩いている最中偶然発見しました。中心に階段室を配し、角度をつけて両側に居室が並んでいますが、

平面の形態はT字状のようになっており、この写真の部分はTの上部の部分です。

私が知る限り、このような平面形式の建物はこれだけです。

竣工は1972年のようですが、定かではありません。

 

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初期のコンクリートパネルのような建物ですが、竣工は2002年のようですが定かではありません。

異なった装飾を施したパネルを階層ごとに用いています。

 

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こちらはビッグ・アルマティ湖に行く途中で発見しました。

年代は不明ですが、おそらく90年代以降かと思われます。

パターンを模した刷り込みによるコンクリートパネルが連続した己状のバルコニーが印象的です。

コンクリート上の刷り込みが赤い部分もあればない部分もあります。

どちらが元のデザインなのかちょっと分かりません。

窓周りにコンクリートのフレームを配していますが、細長い窓も含めて珍しいタイプです。

 

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アルマティのメイン道路の一つゴーゴル通りに面した建物です。

1975年竣工で設計はアルマティギプロゴル。

全体として非常にマッシブで、建物の正面中心部分のみバルコニーをさらに突き出させています。

 

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1990年竣工の建物です。独立の直前ですね。建築家の名前は手元に資料がなく今は分かりませんが、

彼はいくつかの集合住宅の設計を手掛けています。

バルコニーの頂部からアーチ状の付け柱部分を一番下のバルコニーまでかぶせるように伸ばしています。

全体として垂直方向を強調するようなデザインです。彼は他の集合住宅も似たような手法で設計しています。

 

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今回、初めてこのような縦ルーバーを全面に施した建物を発見しました。

隣国のビシュケクでは以前に見たことがあったのですが、アルマティでは見たことがなくおそらくないのだろうと思っていました。

しかし、100mほどの長いスパンにかけて縦ルーバーを施していると圧巻ですね。植栽であまり見えませんが。

ルーバーは上部のバルコニーの下の部分で止まっています。

竣工はおそらく1978年です。

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その集合住宅に連続して小さな交差路に対してカーブしながら直交して連続していく建物がこちらです。

竣工はおそらく1982年。特にこのカーブ部分が非常に特徴的です。

5階建てですが、4、5階にあたる部分でしょうか、バルコニー部分が突き出ています。

カプセルのような表現を取っています。

この2つの集合住宅の設計者は誰なのかまだ分かりませんが、おそらくアルマティギプロゴルではないかと思います。

 

今回未紹介や新たに発見した集合住宅を紹介することが出来ました。

ソ連時代の集合住宅は年代ごとにシリーズで別れていまして、本当はそれにそって紹介しないといけないのですが、

まだ詳しいことは把握できていません。それらを整理出来た後、きちんと紹介できればと思います。

今回は映画館を紹介したいと思います。

ビシュケクの映画館は以前写真のみ少しだけ紹介しましたが、

アルマティの映画館は初めて紹介します。

1950年代から新たな映画館が建て始めたようです(以前は古典様式の建物を使用)。

ソビエト・モダニズム様式の建築が作られていきます。

1960年に映画館アラタウが建設されます。設計はドゥヤトロフ。

正面ファサードの構成は、真ん中がオープンで列柱を配した構成で若干古典主義を意識したデザインでしたが、

2000年に改修されその部分はガラスで覆われて、外壁も青くペイントされました。

(写真はWikipediaより引用)

2015年にマクドナルドの建設のため、残念ながら取り壊されてしまいました。

 

ツェリニー映画館

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建設は1963年です。設計者は今の所分かりません。

ある記事によると、以前紹介したサーカスの設計者、ウラジミール・カーツェフが設計したとありますが、定かではありません。

現在は映画館としては営業しておらず、元はここがマクドナルドに建て替えられる可能性があり、

解体か建物の後ろにあるニコライ教会の外観を通りから見えるようにするため外観変更の可能性がありましたが、

市に譲渡され伝統芸術のアートセンターやギャラリーになることが決定しました。

外壁に施されたレリーフは、グラフィックデザイナー、イエヴゲニ・マトヴェエビッチによってデザインされています。

ただ1998年あたりの写真を見ると外壁には何もありませんので、後から壁画として書かれたと思います。

内部にもあるようですが、入ったことがないのでどのようなものか分かりません。

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アルマン映画館

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設計はコルジェムポ、パニン。1968年に竣工です。

白くペイントされたマッシブな四角い箱に、正面・側面ファサードに施されたレリーフが非常に印象的です。

壁画家コンスタンチンによるものです。創建当時からあるものと思われます。

2階部分が1階部分よりもせり出しており、いかにもソビエト建築といったソリッド感です。

建物上部に白いテントのようなものが張り巡らせれていますが、もとは金属製の装飾です。

以前は覆われておらず見えていたような気がします。

手前にバーガー・キングがありますが、昨年ほど前に増築されています。

1階エントランスの三角形の部分も後から取り付けられたものです。

現在、アルマティ市の歴史的建造物のリストに加えられています。

 

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入り口から見て左側の側面ファサードのレリーフですが、コンスタンチンによるもので、

兵士、宇宙飛行士、女性の革命、豊作などを表現しているようです。

 

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バックヤード側の側面。ファサードです。

外壁に取り付けられた突起物が単調な外観に変化を与えています。

特に日差しがある日は影を生み出し、白い平面に奥行きと深みを与えています。

 

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こちらはピラミッド状のトップライトを伴った内部の吹き抜けのホールです。

壁に石が貼っておりレリーフが取り付けられています。

イスラム的な表現をかたどった門の形をしたレリーフが正面左側に見えます。

どうやら以前はここは屋根がかかっていない外部の中庭だったようです。

 

ArchCodeというアルマティの歴史的ソビエト建築の保存を呼びかける団体がありまして、

建築ツアーを行ったり、フォーラムを行ったりといろいろ活動しておりまして、

私も時たま参加したりしているのですが、そのツアー中にこちらを訪れ中に入りました。

ソビエト時代から働いているらしいロシア人女性が参加者にいろいろ説明していまして(もちろんロシア語)、

その後、参加者に通訳してもらい、この中庭はイスラム的なものを表現していたのかと質問したのですが、

彼女はそうではないと答えました。ただ全くの建築外の人なので確かなのかちょっと分かりませんが、

アルマティのソビエト建築で初めて中庭を設けた建築を目にしました。

 

以前紹介しました「Architecture of the Soviet」に中庭だけの写真が小さく掲載されていまして、

雪が積もってよく分からないのですが、レリーフの下に噴水のようなものがあります(現在は既に取り除かれている)。

このレリーフの意味が解読できれば、この中庭の意味も分かってくると思うのですが、

今の所は分かりません。ロシア語が完全に分かってればと思うのですが。

アルマティで中庭を設けた最初のソビエト建築だとすれば、非常に重要な意義を持っているのではないでしょうか。

今回はサーカス劇場を紹介したいと思います。

アルマティを代表する建築といっても差し支えないでしょう。

http://circusalmaty.kz/

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設計はウラジミール・カーツェフ、竣工は1972年です。

ソビエト時代はモスクワのボルショイ・サーカスでも知られていますように、サーカスは非常に盛んでした。

モスクワのボルショイ・サーカス劇場も1971年に建てられています。

以前、ビシュケクのサーカス劇場(1976)の写真を載せましたが、他の中央アジア諸国と比較して、

アルマティのサーカスは非常にユニークな形態といえるでしょう。

円形アリーナ、管理棟、トレーニング・ルーム、団員の居住施設などで構成されています。

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アリーナ右手に見えるカラフルなレリーフをまとった部分はチケット売り場で、竣工当時から同じデザインです。

その右手に見えるタワーも同様です。

このアリーナ部分ですが、サーカスという機能を果たすため円形になっていますが、

リブ状の屋根も含め、建築家のカーツェフはカザフスタンの文化を表現しようと努めたようです。

つまりユルタですね。

この円形アリーナの外形は、3層の水平ルーバー、回転するようにまとわりつくバルコニーで形成されています。

水平性を非常に強調しています。

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バルコニーサイド部分には手摺壁は回らず、開口されています。回転性を表現するための手法だと思います。

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バルコニー部分の床は先に向かって細くなっています。手摺部分の笠木の板の出が非常に大きいです。

水平性をより強調しようとしているのが分かります。

アリーナは回転するコスモロジーのようなものを、ナショナル・アイデンティティーと同時に表現使用したのではないでしょうか。

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登頂部分は、レオニドフの重工業省コンペ案(1934)のホール部分を想起させますね。

 

アリーナの内部からからドロッと突き出るチケット売り場が印象的です。

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後から塗装されたものだと思っていたのですが、竣工当時の写真を見ると最初から塗装されたカラフルなデザインでした。

 

アリーナの北側に管理棟などが併設されています。

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木の板が壁に貼られていますが、何年か前の改修で貼られたと思います。

エントランス部分から左側はおそらく増築ではないかと思います。

70年代に撮影されたと思われる上空写真にはこの部分はありません。

ネット上で公開されているオリジナルの立面図にもないですね。

今の所、いつ増築されたのか、同じくカーツェフらのチームによってなされたのかも分かりません。

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この増築部分の完成により、全体としてデザインが引き締まったような気がします。

ただ建物自体全体として大きく、高低差が非常にありますので、全体を通して見ることはできませんが。

 

ソ連崩壊後、経営などで紆余曲折あったようですが、2015年に正式に民営化から外されることが決定しました。

アルマティの都市景観のシンボルの一つともいえる建築ですので、

是非ともこれからもその魅力を保ち続けてほしいですね。

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ちなみにカーツェフは、スポーツ宮殿(1967)、メデオのスケートリンク場屋ホテル、

スキー場のチンブラックのホテルなども手掛けています。

アルマティのプール施設「ダイナモ」も彼の設計によるものです。

年代は分かりませんが、大きくフレーミングされた開口部から内部が表出したようなファサードで

バルコニーが突き出した外観デザインです。現在は改修されアルミパネルが貼られています。

オリジナルのデザインが見れないのは残念ですが、彼の代表作に数えられるでしょう。

現在所用でビシュケクにいます。

今まではタイトルに番号をふらず、その他の建築とだけタイトルをつけていたのですが、

よく分からなくなるので番号を振りました。

2010年に初めてビシュケクを訪れて数多くのソビエト建築を見てきたわけですが、

前回のブログにも書いたようにほとんど見たんじゃないかと思っていたのですが、

まだまだありました。

以前の記事にも書きました「Architecture of the Soviet Kyrghizia」にも掲載されています、学校です。

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文法の学校のようで学校の番号は69です。ソビエトの教育システムは欧米や日本と異なっていまして、

私は詳しいことは分かりません。

竣工は1970年代後半から80年代初期だと思うのですが、正確なことは分かりません。

エントランス庇の付け根に取り付けられた大きな樋が目につきます。

先の本にもこのブリーズ・ソレイユとも呼べる日除けのパネルがついた写真が掲載されていますので、

後から取り付けられたのではなく、オリジナルだと思います。

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これをぐるっと回って裏手に行きますと目に飛び込んできたのは、

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おそらく体育館だと思いますが、

ガラス部分、レンガ、レンガ上に窓フレーム、そしてレンガの上にモルタルコンクリートを張り付けています。

これは重ね合わせの手法といっていいのではないのでしょうか。

窓フレームが木製ですので、ソビエト時代からだと思います。

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木で隠れてよく見えませんが、コンクリートの壁が斜めにガラス窓部分まで伸びてきて、また下がりレンガを表出させています。

異なるレイヤーを重ね合わせた表現といっても差し支えないでしょう。

 

そこから歩いていきましてコスモパークというショッピングモールに向かっていきましたら偶然発見しました。

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通行人に聞いたところ、プールで1985年あたりだそうです。

それ以外の情報は今のところ全くありません。

ファサード上の波打つような縦ルーバーが非常に印象的です。

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上下タイプのの2つの異なったルーバーの組み合わせですが、非常にリズミカルに感じます。

当初はコンクリートそのもでしたが、後から水色にペイントしたのではないかと思います。

アルマティ同様、ビシュケクでもこれまで紹介したように縦ルーバーの建築は数多く存在しますが、

この建築が表層としてルーバーのみで表現されています。

樹木がなければもっとよく見えるのですが。

これまで紹介してきた中で最も現代的のような気がします。

 

こちらは中央ヒーティングセンター。1977年で設計はゲルマン・ムリャビン

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木で見えませんが、円形窓がサイド部分にもいくつか取り付けられています。

印象的なのが正面ファサードの斜めに向いた出窓といえばよいのでしょうか、突起物です。

明らかにマルセル・ブロイヤーのホイットニー美術館(1966)を想起させますね。

 

今回は3つの建築の紹介ですが、個人的に上記の2つには驚きました。

先にも述べましたように、おそらくもうないだろうと思っていましたので

発見した時は非常に驚きました。

またの機会に新たに発見出来たらなと思います。

フランスの建築家・歴史家のジャン=ルイ・コーエン氏の講演がアルマティにて、

フランス大使館の主催にて6月26日、27日と計3回行われ、すべて行ってきました。

https://en.wikipedia.org/wiki/Jean-Louis_Cohen

 

初日はカザリアン・アートセンターというギャラリーで開かれ、講演内容は「アーバン・ユートピア」について、

主にコルビジェの建築やスケッチに関するものでした。

http://sxodim.kz/almaty/event/vstrecha-s-zhan-lui-koenom-i-fotoproekt-urban-utopias/

写真はカザリアン・アートセンターに展示されている屋外アートと一階展示室。

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私は一番前の方に座っていたのですが、講演前にコーエン氏が私の隣に座り、

そのおかげで彼と話すことができました。

以前黒川紀章の事務所で働いていたことを話すと、アスタナのプロジェクトかと聞かれ、

いやその後のアルマティのプロジェクトだと説明しました。

彼は八束はじめ氏と友人だと話し、みかん組のマニュエル=タルディッツは彼の生徒だそうです。

その後講演は始まったのですが、私はてっきりフランス語か英語でやるものだと思っていたのですが、

全編ロシア語でした。

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ロシア語でしたので90%分かりませんでしたが、今まで見たことがないコルビジェのスケッチが出てきまして

非常に興味深かったです。

コーエン氏が関わった、以前にも紹介しました「The Lost Vanguard: Russian Modernist Architecture 1922-1932」を持っていきましたので

フランスの大使館関係者の方が講演後私の本を手に取って紹介していました。

 

講演後、アルマティの建築家とアーティストと談笑するコーエン氏。

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その後、彼と会話することができまして、先の本にサインをいただきました。

彼がサインをしている時に私と一緒に撮った写真を写真家に送ってくれないかとお願いしたのですが送ってくれませんでした。(一応ネットで見つけました)

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2回目の講演は、同日の夕方5時からSIGS Spaceという違う場所で行われ、

講演内容は「未来都市に関する簡単な歴史」に関するものでした。

ルネッサンス時代から、近代までの様々な都市計画が紹介されたのですが、

17、18世紀辺りのフランスの都市計画や1900年代初期のアメリカの都市計画のプロジェクトは初めて知りました。

もちろん、メタボリズムの都市計画やアーキグラム、アーキズーム、1960年代のソビエトの都市計画も紹介されました。

そこで彼がちょっと面白い発言をしまして、個人的には非常に重要な発言だったのですがここでは内容は控えておきます。(以下の写真についてではありません)

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27日は、「ソビエト建築の遺産」というテーマで講演が行われました。

こちらは事前に登録が必要でしてロシア語で登録を行い参加してきました。

https://almaty-urban-re-hub.timepad.ru/event/345627/

個人的にはこの講演に最も興味がありまして、ロシア構成主義の現在の姿を見ることができました。

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ご存知の通り以前解体予定であったシューホフのラジオタワーは保存が決定されました。

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日本の日土小学校に関しても話していました。

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メーリニコフのルサコフ労働者クラブが改修され、側面部分に窓ガラスが付け加えられたのは初めて知りました。

講演後いつものように質問タイムがあるのですが、彼がちょこちょこ私の方を見てきました。

先のレクチャーでは英語で質問をしたのですが、今回は控えておきました(笑

 

これらの講演の前か後かは分かりませんが、インタビューがいくつか行われたようです。

https://kapital.kz/gosudarstvo/51478/zhan-lui-koen-v-lyubom-gorode-mozhet-gospodstvovat-libo-vlast-libo-rynok.html

 

講演後、コーエン氏に挨拶をいたしまして、何かを呟かれました。ここでは秘密にしておきます(笑

本当に実現すれば非常に面白いのですが。

また彼のレクチャーがあればぜひ参加したいですね。日本語で質問できれば一番良いのですが(笑

 

 

 

Betonski spavači

今回は中央アジアの建築ではなく、クロアチアからです。

もちろん私は訪れたわけでもなく建築サイトの紹介です。

 

近年、以前にも言及したように東欧や旧ソ連圏などの旧社会主義国家の建築に注目が集まっていますが、

旧ユーゴスラビアの建築にも注目が集まっています。

今年の2月にクロアチアでクロアチアと旧ユーゴの近代建築に関するドキュメンタリー番組が公開されたようです。

http://mojtv.hr/serije/39478/betonski-spavaci.aspx

タイトルはブログの表題にもあるように「Betonski spavači」でクロアチア語で、

「眠りにつくコンクリート」といったような意味のようです(正確には分かりません)。

つい先日youtubeの方にも公開されました。いくつか紹介します。

いくつかの建物は私も以前ネット上で写真を見たことがあります。

社会主義時代に実際に使用されている写真もありました。

ホテルのプールにせり出したキャンチレバーの施設はやはり迫力がありますね。

現在エピソード1がアップロードされていませんが、興味ある方は是非ご覧になってください。

もちろんクロアチア語ですが。

 

 

 

先日、以前講義などを行った大学にて、若手デザイナーの国際ファッションデザインコンテストが行われまして、

審査員として参加してきました。

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昨年初めてこのコンテストが行われ、その時も審査員として参加いたしまして、

舞台設営からリハーサルまでいろいろ関わっており、

大学側も初めて行うとあって非常に緊張しておりましたが、

今回は2回目ということもあり、少しこなれた印象をお持ちました。

 

1時から大学内にあるファッションセンターのオープニングセレモニーが行われまして、

その後コンテストが行われました。

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このファッションセンター、最初は、審査員の一人でもある大学出身のカザフを代表するデザイナー、

アイダ・カウメノバのデザインした作品をマネキンにて展示する予定でして、私がデザインしたんですが、

用途が変更になりまして、ローカルのデザイナーにより最終的にショップのデザインがなされました。

 

その後2時からコンテストが行われ、昨年同様ロシア、キルギスからの参加者も含めた非常に内容にとんだ

素晴らしいコンテストでした。ざっと、写真を羅列していきます。

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デビュー、フォーク、プレタポルテなど5つに分かれておりまして、それぞれ優秀案を選びます。

その中から大賞を選ぶわけですが、今年はコンテストが行われた大学出身のデザイナーが選ばれました。

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一瞬、ワダ・エミを想起させたのですが、そういえば昨年大学にて講義を行ったとき、

映画「ラヴァーズ」にてワダ・エミのデザインした衣装を見せた記憶があるのですが、

その時公聴していた学生さんだったのかなとふと思いました。

それはおいといて、素晴らしい作品の数々でした。

個人的な興味は、いかにして伝統を新たに構築していくかにありまして、

そういった意味でもこのコンテストに審査員として参加できることに非常に大きな意義があります。

さて、大賞作品は来年首都アスタナで開かれますエキスポにてファッションショーに出展されることが

審査員会で決まりました。審査員にカザフスタン・ファッション・ウィークのディレクターもいまして、

彼女から提案があり、私もエキスポのコンセプトと非常にマッチするだろうということで推薦しました。

コンテストのあとは大学側と審査員やスポンサーの方と食事会。

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こちらはカザフの伝統料理、ベシュバルマック。

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有意義なひと時を過ごすことができました。できればまた来年も参加したいですね。

 

2012年にも紹介しました、Ethno-complex SUPARAの新しい施設です。

http://chunkurchak.supara.kg/

実際に訪れたのは2014年の夏です。

ビシュケク在住の知人がオーナーの奥さんと親戚にあたるので、知人とともに訪れてきました。

スパラから車で約40分くらいでしょうか、ものすごい山奥にあります。

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ようやく集落らしきものがありまして、そこを左に曲がって登っていきますと、新しいスパラがあります。

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車から降りて歩いていきますと、目に飛び込んでくるのはまるで宇宙船かのような新しいユルタの集合体。

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この建物をを非常に見てみたかったのです。

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ユルタの上部に新たに小さなユルタを載せているのですが、木造でよくこんなアクロバティックなものを作ったなと。

 

下のユルタ部分はカフェやコンファランスホール、上部はバンケットになっています。

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隣は木を伐採して広場となっており、そこでバーベキューなども楽しめるようになっております。

その広場にはユルタの断面系を伸ばしたような個室のホテルも併設されています。

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訪れた当時、まだ建設は終わっておらず、壁や天井に泥を塗りつけている(叩きつけている)現場を見せてもらいました。

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泥を塗りつける前の壁です。このままでもデザイン的に面白いですね。

特に右側は抽象絵画的です。オーナーに意図的か聞いたら、たまたまだと言っていました。

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細かいところを見ると、やはりディテールに凝っています。

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オーナーと話をさせていただく機会がありまして、一緒に食事をしながら、いろいろ話をさせて頂きました。

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彼は以前にも書きましたように、大学で建設を学んだようですが、建築に関しては学んでいないようです。

ただ幼い時に存在していた伝統的な工法や建物を、伝統的なレストラン施設にて蘇らせたかったようです。

奥さんも伝統を非常に重んじる方で、伝統楽器を非常に愛しておられました。

親戚の方ともお話をし、ロシア構成主義のラドフスキーの建築についてちょっと話をしました。

 

裏のほうに小高い山が続いておりまして、そこからの眺め。

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建物の構成として、ユルタに居室がまとわりつき、その居室にユルタを載せているのが分かります。

現在はこの斜面部分に小さなユルタに四角い附室を取り付けた個室のホテルが数多く建てられています。

 

上部のバンケットホールにも入らせていただきました。

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オーナーの奥さんから、先の小高い丘の頂上にホテルを建設したいので

何かデザインをしてくれないかとお願いされました。

デザインをして渡した後、残念ながらオーナーは昨年病気のため亡くなってしましました。

非常に残念ですが、追悼を込めてコンセプトの画像を掲載します。

Supara hotel concept-1

 

上部のバンケットのユルタのトップライトからテーブルに差し込む光。非常に印象的でした。

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機会があればもう一度訪れてみたいですね。夏の季節もいいですが、真冬の季節も異なった魅力がありそうです。

 

ほとんどが建築に関する記事でしたが、新たに「アート・音楽・その他」というカテゴリーを追加しました。

今回はセルゲイ・パラジャーノフについて書きたいと思います。

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先日アルマティの美術館にて、トビリシ在住の写真家ユーリー・メチトフによるパラジャーノフの映画に

関する講演がありまして、トビリシの知人にユーリー氏について尋ねたところ、

息子が彼の写真を出版を行おうとしていただそうで、

その関係もありパラジャーノフの映画を是非とも見たかったので行ってきました。

http://www.photomuseum.org.ge/gallery_en.htm

 

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前半は写真に関するプレゼンテーションで、

中間部は「ピロスマニアのアラベスク」における、トビリシとパラジャーノフの現象について、

その後映画の上映でした。(講演はロシア語で行われたので内容はさっぱり分からず)

youtubeの美術館のサイトにてその模様が公開されています。

 

出席していたカザフの芸術家による動画。

 

「ピロスマニアのアラベスク」のワンシーン。

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初めて見るパラジャーノフの映画。前日に手元にあるフィルム・アート社の「アート系映画徹底攻略」の

セルゲイ・パラジャーノフの項を読み、ネットでわずかな情報を手に入れ、Youtubeで作品を見て、

予習していったのですが、パラジャーノフの映像に圧倒されました。

圧倒的な色彩と映像美。これでもかと執拗に繰り返し反復される正面性とシンメトリー。

トビリシの街を想起させる画面ににじみ出てくるイコンとしての黒。

正しくアバンギャルドと呼べるものでした。

 

上映後、ユーリー氏と会話を交わすことができました。

知人のことは覚えていたようで、その関係で交友を深めることができました。

その後場所を変えて、映画館にて、「スラム砦の伝説」の上映。

上映前のユーリー氏による説明(もちろんロシア語)。

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上映後、観客のサインと写真撮影に応えるユーリー氏。私も一緒に写真撮影しました(笑

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彼と話しておりまして、トビリシの連絡先を教えてくれまして、

いろいろ映画に関して聞きたいことがたくさんありましたので、

次回トビリシを訪れる機会がありましたら是非彼のもとを訪れてみたいと思います。

ユーリー氏から「Nobuyoshi Araki」を知っているかと聞かれました。写真家の「アラーキー」のことでした。

パラジャーノフの代表作「ザクロの色」は翌日上映予定で中心地から離れた場所での上演でしたので、

泣く泣く断念しました。

 

美術館や映画館では多数のカザフの芸術家も訪れており、彼らと交流することもできまして、

非常に有意義な一日でした。

日本でもちょうど昨日から東京の新宿にて、「パラジャーノフ特集」が上映されるようですね。

http://www.cinra.net/news/20160116-sargisparajanoyan

興味ある方はぜひ訪れることをお勧めします。

久しぶりにビシュケクの建築について書きたいと思います。

大方見たいものは見たんじゃないかと思っていましたが、やはりまだまだありました。

ネットで偶然発見した建物です。。

正確な場所が分からず、古い写真からバックの建物を頼りに公園を歩いて見つけました。

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以前はお土産屋だったようですが、カフェバー・スネイルという名で親しまれていたようです(現在は閉鎖)。

竣工は1975年で、設計はムハマディエフ。

まるでザハ・ハディットを想起させるかのようなうねる曲面体。

近年、世界でも注目されはじめてきたソビエト時代のバスストップに共通する曲面のデザインです。

このようなタイプはアルマティでも見かけたことがありません。

 

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シェル構造だと思うのですが、大きな開口部分はおそらく柱で支えているのではないでしょうか。

しかし人間の筋肉隆々な肉体美を想起させる見事な曲線美です。

ビシュケクの建築ではよくみられる細長い大理石を張り巡らしていますが、

継ぎ接ぎかのように、方向を変えています。

それにより、曲面のうねり具合がより強調される形となっています。

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店の正面左手に、石を積み上げたような彫刻といえばよいのでしょうか、オブジェのようなものが設置されています。

近くで見てみたかったのですが、閉鎖されているので、近寄ってみることはできませんでした。

コンクリート造ですが、あの当時どのように設計・施工を行ったのでしょうか。

私も10年以上前、中国のオリンピックのスタジアムなどで、

3次元曲面の設計を3Dソフトにて行ったことがあるのですが、非常に大変でした。

そういえばコルビジェのロンシャンの設計図も見たことがないですね。

現在閉鎖中ですが、このまま解体することなく, 新たにカフェとか何かの用途でオープンしてほしいですね。

内部を見てみたいですし。

 

こちらはキルギズ国立大学の分棟である実験棟です。

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竣工は1974年ですが設計者は今のところ分かっていません。

こちらも先にネットで見つけ、ビシュケクの住所を頼りに探しました。

敷地内にありますので、警備の方にお願いし、快く中を通して見せていただきました。

側壁を見るとわかりますように、コンクリートパネルによる建築です。

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突き出した部分を、何かしら装飾を施すというのはソビエト建築によくみられる手法で、

この建物も見事なモザイクタイルで装飾を施しています。

床部分が上方に折れ曲がり、この側壁と連続して一体感を生み出しています。

この連続性もソビエト建築によく見られます。

以前紹介した、ビシュケクのSport Palaceもうそうですし、

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ロシアのチェリャビンスクにある1967年に建設されたスポーツ施設ユースは、非常になめらかな曲線を描いています。

現ベラルーシのミンスクにあるスポーツパラスを参考にしているようですが、

これらを見ると、コールハースのエデュカトリウムそっくりなわけです。

コールハースはエデュカトリウムの設計の際これらを参照したのではないかと個人的に推測しています。

 

こちらは名もなき全く正体がわからない建築です。

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グラウンドレベルを半地下とし、2階へのアプローチに斜路を用いています。

これを表現したいがために、半地下としたのでしょうか。

以前ビシュケクで、「shtab」というアートセンターのようなものをネットで見つけまして、電話して訪れてみました。

英語を喋れる方がいて、ライブラリーを見せてもらいました。

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ソビエト時代の建築の本がいくつかありまして、ビシュケクの建築の本もありました。

英語を喋れる方に、その半地下の建物のことを聞いたのですが、全く知らなかったようです。

逆に教えてもらったのが、ビシュケクの中心地に構成主義の建築があることでした。

全く見過ごしていたのですが、一見ごく普通の建物でして全く気づきませんでした。

次回、機会がありましたらまたここを訪れてみたいと思います。

 

こちらは現在建設中の高層マンションですが、是非このまま完成しないでほしいですね(笑

なぜ中間層に煉瓦の壁を立ち上げていないのか不明ですが。

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さて、川沿いの道を歩いていましたら建設中の住宅を偶然発見しました。

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多層に連なる傾斜屋根。

もうびっくりしましたね。明らかに日本の妹島和代やSANAAの建築を参照していると思います。

敷地境界の石造の障壁も屋根に合わせて高さを変えています。

しかしこの複雑な屋根の構成や木造の構造にどうやって煉瓦や断熱材を収めていくのか、

是非この目で見てみたいと思っています。

こちらは冬はアルマティより若干暖かいとはいえ、断熱材はかかせません。

知り合いのローカルの建築家に誰が設計したのか聞いてみたいと思います。

こういうのをやってみたいと思っていたのですが、先にやられたかとの思いが強かったですね。

まだいくつか未紹介の建築がありますが、今回はここまでにしたいと思います。

 

アルマティにて目に留まる建物がありました。

この建物の竣工は1984年。設計はグラ。この設計者は1960年代に中央デパートも設計しています。

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柱型、梁型、腰壁によって構成された直交グリッド上に施された装飾を食い破るかのように

四角いフレームで切り取られオブジェのようなものが挿入されたファサードが非常に印象的です。

ファサードにこのように彫塑的な装飾を用いるのはソビエト建築のみならず旧社会主義圏で見られる手法です。

この彫塑的ファサードを見るとチェコ・キュビズムやマルセル・ブロイヤーを非常に強く想起させるですが、

何らかの関連性はあるのでしょうか。

近年の日本の現代建築でもよく見受けられる、ファサードを方形のフレームで切り取る手法

(私もいくつかのデザインで適応したことがありますが)もソビエト建築に見受けられます。

アルマティでも、アセム(1976)というグリーンバザールの隣にあるショッピングセンターのファサードにおいて

ブリーズ・ソレイユを全面に施したファサードにこのようにフレームで切り取られた面を挿入しています。

残念ながら現在は全面的に改修されその面影は全く残っていません。

 

初めてこの建物を見たとき、真っ先に思い出したのが、スティーブン・ホール設計のラッフルズ・シティにおいて

挿入されたレベルス・ウッズの「光のパビリオン」やアーキテクトニカの「アトランティス」(1982)の開口部です。

これらはファサードではなく建物本体に開口部を設け、そこに異物を挿入しているわけですが。

話も元に戻しまして、この建物のファサードにおけるフレーミングによる開口とその部分への異物の挿入は、

まさしく異化作用と呼べるものではないかと思います。

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この手法はどこから出てきたものでしょうか。

個人的な推測にしか過ぎませんが、モスクワの1930年代の古典主義建築から来たのではないかと思っています。

この時代は構成主義がスターリンによって衰退していき、古典主義が台頭してきた時代です。

特にワインシュテインのモスクワの集合住宅(1935-1938)や、

アルハゾフの集合住宅(1940)のファサードにみられるように、

柱とアーキトレーブでフレーミングされた部分が非常に特徴的です。

フレーミングされた部分の開口部はバルコニーになっており、壁の色もファサードと違う色彩を適応しています。

内部が剥き出しにされたかのような表現です。

彼らはもとは構成主義者であったようですが(ワインシュテインはソビエトパレスのコンペにも参加していた模様)、

他の構成主義の建築家と同様、古典主義(いわゆるスターリン様式)に転向していきます。

ただ古典的ファサードにおいて、彼らはそれまでの古典主義とは異質な方向性を

ファサードにもたらしたのではないでしょうか。

この建築家がどのような意識で設計したかは分からないですが、

このオフィスビルのファサードの構成は、おそらくそのあたりからきているのではないかと推測しています。

グリッド全体に連続する装飾を断ち切るフレーミングとその異物といえるオブジェの挿入は、

まさしく異化と呼べるものではないでしょうか。

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2010年にも「ルーバーの建築」という記事を書きましたが、新たな建築を追加したいと思います。

いくつか被る写真もあると思います。

 

カザフスタンには数多くのブリーズ・ソレイユの建築が存在します。

比率でいえば隣国キルギズスタンの首都ビシュケクよりも高いような気がします。

ウズベキスタンは訪れたことがないので分からないですが。

以前紹介したものを小さい写真で紹介していきます。

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以前も紹介しましたアルマティ技術大学。ブリーズ・ソレイユとしては非常にユニークです。

柱型が直方形でなく、三角形状になっておりその合間に挿入されています。

建物の南側に設置されています。

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こちらも以前紹介した建物です。以前は建築家連合のようなものが入っていましたが現在は分かりません。

建設は1968年です。長手側面のルーバーは回転可動になっており、

ソビエト時代の写真で一部逆に回転させているものを見たことがあります。

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ここから新しい建物です。

以前にも「アルマティの特異な建築」で紹介しましたシンバット・ビジネスセンターです。

現在は壁一面ペイントされ残念ながら以前のような石による荒々しい印象は消え去りました。

四角い建物にはビジネス・ファッション・アカデミーが入っています。

設計者は分かりませんが建設は80年代のようです。

下の写真が南側になるわけですが、全面にブリーズ・ソレイユを施しています。

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その横にあるソビエト時代の中央スーパーマーケット。

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こちらは以前のスポーツ・パラスです。1967年に建設されましたが2011年に改修され、

外観は全く別のものとなっています。

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こちらはもとからあったのか後から貼り付けたのか分からないですね。そしてブリーズ・ソレイユとしてか、ファサードを強調するためのものかも、分別しがたいですね。DSC03862

 

以前にも紹介したKaz Gu大学です。

設計はモスクワの高等教育施設設計機関、Giprovusにて行われたようです。

代表する建築家に名誉建築家であり、構成主義者がいたようです。

以前にも書いたように友人曰くモスクワで設計がなされたため、高層の建物は南を向いておらず、

ブリーズ・ソレイユの役割を全く果たしていないそうです。

東西方向に施しているので、朝と夕方は果たしていそうですね。

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こちらも裏側は大きなガラスとなっています。

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以前に少しだけ紹介した、KazNTU(研究工科大学)です。

こちらも設計はモスクワのGiprovuz。正確な年代は分かりませんが、KazGuよりは後ですね。

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現在は下の写真のようにブリーズ・ソレイユも両サイドのコア部分もクリーム色にペイントされ、ファサード上のメリハリがなくなっています。

この2つの大学は他の建築と違い、モスクワでの設計です。

ファサードにおけるブリーズ・ソレイユは日射除けというよりも、ソビエト芸術的な力強さを感じさせます。

他と明らかに性格が違います。

 

こちらはアルマティで見かけるもっともユニークなものです。

円形のコーナー部分に垂直方向に施されていますが、

この部分以外にも、水平方向にランダムに貼り付けられたものもあります。

まるで蜂の巣のようなイメージです。DSC07260

通りを挟んで、別のタイプが存在します。

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こちらは集合住宅に取り付けられたもの。知る限りアルマティでもっともユニークなものです。

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これらをブリーズ・ソレイユと呼べるものか分かりませんが、非常にユニークですね。

 

最近分かってきたことは、このようにファサードにブリーズ・ソレイユ的なものを施す手法はウズベキスタン、タジキスタンを含む中央アジア独特のものだと思っていたのですが、

どうやらネットで見る限り1960年代から東ドイツにおいてファサードに装飾パターンを張り付ける手法が出てきていたようです。

僕が知る限り、モスクワにはありません。

アルマティのカザフテレコムや美術館に非常によく似た建物が1960年代にルーマニアで設計されています。

もしかするとですが、このようにファサードに装飾パターンを張り付ける手法は、

旧社会主義圏において、イスラム圏である中央アジアから生まれたのではなく、

60年代東ドイツやその他のヨーロッパに近い社会主義圏で適用され始め、

それが70年代に入り、中央アジアの建築にイスラムスタイルとして適用され始めたのかもしれません。

 

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